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 唖然とした店員さんその他に見送られた後は、相談した通り近くの服屋に入る。それなりに人の入っているお店だ。
 広めの店内は明るめの照明で照らされており、たくさんの服が似た系統ごとにまとめて架けてあった。

 どれも手製なのか、まったく同じ服は見当たらない。せいぜい型が同じという程度だ。
 柄まで同じに見える服も、並べると多少模様の位置がずれていて、大量生産は行っていないだろうことを窺わせた。

 よくよく考えたら機械技術は一度廃れてるだろうし、古着とオーダーメイドばかりって可能性もあったのか。
 日本は吸血鬼たちのおかげで割とすぐに工場制機械工業に戻ったけど、これまで回ってきた地域は問屋制家内工業まで後退してるところが多かった。工場制手工業でさえ、数えるほどしか見ていない。

 この国がどうかはまだ分からないけど、工場制より前なら、さっと寄ってさっと買うができない可能性は考慮すべきだったね。気が抜けてたよ。

「こうして見ると、やっぱり日本は進みが早いですね」
「やなぁ。いっちゃん最初ん頃に誰かさんが好き放題しとったからやろけど」

 二人も同じことを考えたみたいだ。
 好き放題やってたのは私ばかりじゃないとは思うけども。例えばそこの女王様とかさ。

 だから令奈はそのジト目を従姉妹にも向けるべきだと思うんだ、うん。ていうか今日は一部需要へのサービスシーン多くない?

 まあそれはいいんだ。それより服だよ服。
 どうやら店員さんがついてどうこう、みたいなお店じゃないみたいだし、好きに見させてもらおう。

 ぱっと見た感じ、原色系と黒が多いかな?
 あとは白も目立つね。エプロンみたいなのはだいたい白だ。シャツ系にもいくらか白が見える。

 すれ違う人の格好からして、下に着た服が見えるように何枚か重ねるのがスタンダードみたい。重ね方は色々で、一つの民族衣装って感じではない。

「私この辺の文化にはあまり明るくないんだけどさ、混ざってる?」
「やな。あの辺の紺やら黒やらの暗めんのはブルターニュ地方のやろし、前掛け付きの人形が着てそうなんはアルザス地方のやったんちゃうか」
「ですね。あの人が被ってるレースの頭飾りはたしか、ブルターニュ地方の衣装ですけど、服は別です」

 ふむふむ。回帰はしてるけど、旧時代でおそらく混ざっただろう部分は混ざったままに継承されてるんだね。
 選択肢が増えたって意味だと面倒だけど、それだけ二人を着飾ることができるって思えば好都合かもしれない。

 いや、私も同じ目にあうんだろうけどさ?

「とりあえず、てきとーに着てみる?」
「そうですね、それがいいです!」

 うん、わざとだとは思うけど、そんなに分かりやすく手をわきわきさせなくてもいいからね?

 おどけるウィンテには気がつかない振りをして、手前のラックに寄ってみる。この辺りは、ワンピースタイプのドレスかな。ほとんど黒だけど、別の色もちらほら。
 ウィンテが普段着てるドレスとはまた違った感じだ。

 上に色々と重ねたらまた違う雰囲気になるんだろうけど、でもどうせならガラッとイメージの変わるような格好をさせたい。
 とすると、この系統は令奈に着てもらおうかな?

 この上に原色系の布を巻いて白い前掛けと、あとヘッドドレスか。付けてる人が多いし。
 目立つのはレースっぽいのや大きなリボン。ちらほら肖像画でナポレオンが被ってるような鍔の広い帽子の人も見える。
 割とシンプルだし、あのレースっぽい帽子の方が合いそうだ。

 んー、でもちょっとシンプルすぎるかな?
 前掛けはやめて、白いストールっぽいのを羽織る感じにした方が可愛いかも。

 なんてあれこれ考えること、どれくらい経ったんだろう? なんだかんだ一時間くらい経ってる気がするな?
 まだ人間だった頃に母親の買い物で辟易してた記憶があるけど、ちょっと気持ちが分かったね。これは楽しい。

 あ、いやでもあの人は自分の服を選んでたんだから少し違うか。

「ハロさん、どんな感じです?」
「んー、まあいい感じだよ。自分の以外」

 二人のを考えるのが楽しくてね。どうせお互いにそんな感じだろうから、開き直って任せることにした。二人もたぶんそう

「私も何パターンか考えました! 自分の以外!」
「あんたら……。まあ私もなんやけど」

 やっぱり。
 考えることは一緒だよ。ある意味では私が毒されたのかもしれないけど。

「試着室は、たくさんありますね。これなら三つ使っても怒られなさそうです」

 つまり、同時に着替えて見せ合いましょうと。

「了解。じゃあ着替えてくるよ。ほい、これ二人に選んだ分」

 組み合わせを伝えあったら、店の一番奥にあった試着室に入る。ボックスにカーテンなのは昔日本にあったのと同じだ。今もそうだとは思うけど。

 それでまずは、ウィンテの選んだやつだね。えーっと、着る順番は、これからか。意外とキラキラしてなさそうだ。

 ささっと着替えてカーテンを開けると、他二人もちょうど出てくるところだった。
 ウィンテのは、令奈が選んだやつだね。で、令奈は私が選んだヤツと。

 ふむ、やっぱり令奈はああいう落ち着いた色合いが似合うね。金髪も黒いワンピースに映える。

「眼福だね」
「親指立てんでええっ」

 ちょっと照れてるのもポイント高いよ?
 で、ウィンテの方は……、思った以上にガーリー! 赤いドレスに頭のリボンかぁ。黒髪赤目のウィンテによく似合ってる。
 かなり可愛い系なのに蠱惑的な人形の雰囲気があるのは、ウィンテが吸血鬼の女王だからかな?

 まあ、褒めてくださいオーラ全開なせいでその雰囲気も半減してるんだけども。
 とりあえず頭撫でとこう。リボンを崩さないよう気を付けながら。

「うぇへへ……」

 なんだこの可愛い生き物は。令奈、ぐっじょぶ。
 ていうか令奈って意外と可愛いもの好きだよね。可愛い。

「なんや、文句でもあるんか?」
「いやぁ?」
「腹立つ顔やなぁ……。表情変えとらんのに」

 うん、可愛い。

 最後に私だけども……。

「これさ、ナポレオンだよね?」
「はい! あくまでモチーフですけどね!」

 つまり軍服だ。鍔広帽子もばっちり。
 こんなの、どこにあったんだろう……?

「ハロさん、とってもかっこいいですよ!」
「せやなぁ?」

 くっ、令奈め。めちゃくちゃ笑うの我慢してるし!
 そんなに私の困惑する姿がおかしいのか!

 受け取った時点でおかしいとは思ってたんだけどね。趣旨が違うよね、これ。

「ふふふ、ごめんなさい。色物もあってもいいかなって思ったんですよ」
「なるほど? まあ、いいんだけども」

 男物を着たのなんて、いつぶりだろうね。さすがに胸が窮屈ではあるけど、案外落ち着く。

「とりあえず、次の試そか。えらい選ばはったみたいやし」
「令奈もでしょ。じゃあハロさん、次はハロさんが選んだヤツを着ますね!」
「ああ、うん、了解」

 全部試すのには、もう一時間くらいかかるかな?

 けっきょく店を出たのは、試着を始めて一時間半以上後だった。最終的に選んだのはみんな割と無難なやつだったけど、素材が違うからね。そこらの人形よりも人形みたいで可愛いかったな。

 服屋で時間をかけ過ぎちゃったから観光時間ががっつり減っちゃったのはご愛敬。まあ、そのうちまた、どこぞの街を歩く機会はあるでしょ。

 今日撮った写真は日本に帰ったら現像して、アルバムにでもするつもり。私なら永久に保存できるようにすることもできるはずだ。
 いつかはそのアルバムをお茶請け代わりにして思い出話に花を咲かせるのもいいかもしれない。

 本当に、楽しかったね。
 うん、楽しかった。楽しませてもらった。

 だから、もう少しだけ積極的に協力しようか。これはある意味、街から受けた恩だから。ちゃんと恩で返すよ。

「それじゃあ、行きましょうか。会議室に全員揃ってるそうですから」
「ん、了解。天使陣営の戦力がどんなものか、ちょっと楽しみだよ」

 グラシアン一人があのクラスだなんてことは、さすがに無いと思いたいしね。