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 とりあえず、どこかいい店を、と言っても私らは完全な外様、観光客だ。美味しい店なんて知るわけない。三百年やってる店があったら別だったけども。

 特にこれが食べたいというものも無かったし、たまたま目の前を通った店にそのまま入る。漂ってくる匂いからして、たぶん大丈夫だろうって判断だ。

 案内されたのは奥の壁際のテーブル。落ち着いた色の木で作られたそれは少し暗めの照明に照らされていて、ちらほらと混ざる銀の輝きがパリらしいおしゃれさを演出している。

 窓際の明るい席にいる人たちは、店員さんとのやり取りからして、常連さんなんだろう。私たちに近い席の人たちが不慣れな様子を見せているのも併せると、リピーターを大事にするタイプのお店なのかもしれない。

「店員さん、きょとんとしてましたね」
「そら、明らかに人種がちゃうもんなぁ」

 今は全員、通行人に併合わせて人間の姿をとっている。けど、髪や目の色は変えていないからね。

「子供だって思われたかもね。なんか他の人たちに対するより妙に優しげだったし」
「あり得るなぁ。まあなんでもええんやけど」

 たしかに。そんなことよりご飯が美味しいかだよ。

 えっと、メニューは、これね。
 ふーん?
 エスカルゴに、鴨肉と、牛ほほ肉か。

 赤ワイン煮込みだったりコンフィだったりで調理方法は色々だけど、どれも美味しそうだ。
 うーん、迷う……。

「どうせなら全部食べてみたいですね」
「外で食べる機会もそんなないやろしなぁ。シェアでもしとくか?」
「いいんじゃない? ハロさんはどうしますか?」

 シェアか。
 私の食事量ならまあ、一人で全部頼んでも食べられる。
 とはいえ、人と来ててその頼み方をするのもどうかとは思う。

「私もシェアで大丈夫。夜墨の分もね」

 最近の夜墨はデザートだけでも満足っぽいけども。
 あれば食べるだろうから、色々頼むにはちょうどいい。誤魔化すのは、令奈に任せよう。私よりずっと幻術上手いし。

 というわけで、全メニューを注文。当然だけど三回くらい聞き返された。
 うん、見るからに細っこい女の子三人が食べる量じゃないもんね。

 他のテーブルを見た感じ、成人男性六、七人いればギリギリ食べられるんじゃない? ってくらいだと思う。
 めちゃくちゃ訝しまれたし、ちゃんと食べてくださいよって念を押されちゃった。

 店員さんからしたら当然の対応だ。苦笑いするウィンテや呆れる令奈にペロっと小さく舌を出しておく。

「……なんやあんた、妙にテンション高ない?」
「んー、そうかも?」

 数十年ぶりだし、そういうこともあるかもしれない。なんか心臓撃ち抜かれたみたいにして悶えてるウィンテとか、いつもならガン無視するんだけど、今は微笑ましく思っちゃってるし。
 それはそれとして、令奈がドン引きしてることには物申したい。

 私だってプライベートでこういうおどけ方をすることもあるんだよ、一応。

「ところでさ、二人はなんでまたこんなとこまで来たのさ? さすがに驚いたんだけど」
「そら、私らも世界旅行してみたなっただけや。ようやく後継に諸々任せられたしなぁ」
「まあそんな所ですね。人が歌ってるの聞いてたら自分もカラオケ行きたくなるアレみたいな感じです」

 ふーん?
 つまり私の旅配信見てて触発されたと。

 納得は、できる。嘘も吐いてなさそうだし。

 でもなーんか別の思惑隠してそうな雰囲気なんだよねぇ?
 別に嘘吐かなくても色々隠すことはできるし、勘違いさせることもそんなに難しくはない。この二人相手じゃなければ、って注釈はつく一般論だけど。

 かと言って殆ど勘が理由で問い詰めるのも悪い。そもそも二人が隠したがってることを暴く必要がないし。悪意があるわけじゃないだろうから。
 それに、あとあと知っておいた方が良かったってなるような内容なら素直に言うでしょ。

 まあ、言える範囲で色々教えてもらおうかな。私の道程はだいたい知ってるだろうから、聞き役で。

「なるほどね。二人一緒に?」
「いえ、別ですね。私は東南アジアからオセアニアを通って、南米縦断するってルートです。ハロさんが中国の皇帝さんと戦った後くらいに出発しました」
「私は中央アジアんらへんにおったときやな。ロシアの端通って北アメリカうろうろしてから合流したんよ」

 令奈は後継がどうのって言ってたし、その引継ぎでずれたんだろうね。ウィンテがそれを待たなかったのは意外だけど、たぶん、言いたくない何かに関わるんだろう。

「じゃあ二人もヨーロッパに着いてからなんだ?」
「せやな」
「スレッドでやりとりはしてましたけどね。ハロさんとも合流できるようにタイミング調整しなきゃでしたし」

 私に黙ってたのはサプライズしたかったからか。数十年がかりのサプライズって考えると、なんか手の込んでるように感じる。人間としての感覚がまだ残ってるからかもしれないけど。
 長命種の感覚だけになったら、たかだか数十年、になっちゃうだろうからなぁ。

 しかし、なるほどね。二人ともずいぶん強くなってると思ったら、一人旅してたんだ。
 私みたいに色々巻き込まれたんだろうなぁ。なんなら、自分から首を突っ込んでそう。
 今回の件だって、そうでもしてないと二人が関わることはなさそうだもんね。

 ……あ、そういうことか。二人とも、強くなるために旅に出たんだ。私に置いて行かれないように。私を独りにしないように。
 自意識過剰って言われたらそうなのかもしれないけど、二人は、そうしてくれるって知ってる。

「……急に笑わんといてくれる? 怖いわ」
「はは、ごめんごめん。でも、ちょっと口角上げただけで怖いは酷くない?」

 たしかに基本無表情の人が急に表情作ったら、印象強くなるけどね?
 私が無表情なのは表情筋動かすのが面倒なだけってのは知ってるでしょうに。

「そうだよ令奈。たしかにハロさんがこういうときに笑うのは怖いけど、別に何も企んでないと思うよ?」
「ねえそれフォローする気ないよね?」
「それもそやな。悪かったわ」
「うん、なんでか謝られてる気がしないんだけど」

 二人してなに笑ってるのさ?
 半ば無理矢理連行しておいてこの仕打ち……。解せぬ。

 なんて他愛もない話をしているうちに、テーブルは料理でいっぱいになる。次から次に運ばれてくるから、食べるペースは早めだ。
 今のところ、鴨のコンフィが一番好きかな。今度自分で作ってみてもいいかもしれない。たしか、油に浸して低温調理するんだったか。

 まあ、割と当たりの部類な店の気がする。全部ちゃんと美味しい。

「この後はどうしよっか? エッフェル塔に行くのは決まりとして」
「その気んなったら飛んでったらええからなぁ。凱旋門とかも行ってみるか?」

 たしかに。飛べば車や電車ありきの予定も組めるか。

「あー、そうだね、行こっか。ウィンテもいい?」
「はい! あ、でもその前に服見ません? 今の格好じゃ、無駄に目立っちゃいますし」

 私と令奈なんか和服だからなぁ。ウィンテのゴシックドレスはまあ、溶け込めてる?
 どうも服装は回帰してるみたいで、民族衣装っぽい格好の人が多いんだよね。

 日本は旧時代とそこまで大きくは変わってないからコスプレっぽく感じるけど、それはそれでいいかもしれない。現地の文化に触れてる感じが。

「いんじゃない?」
「やった! 全力で可愛くします!」
「あー、うん、ほどほどにね?」

 ウィンテのこの目の方が怖いんだけど……。って令奈を見たら、流れるように視線を外された。これは、知ってるよ。ばつが悪いんじゃなくて、令奈もウィンテ側に付く気のやつだ。

 どうしてこう、人を着せ替え人形にしたがるのか。こうなったら私も、二人で楽しませて貰わないとね?