190
真鍮色の扉に両手をかけ、もったいぶるように、ゆっくり押し開く。
リスナー向けの演出ではあるんだけど、でもやっぱり、私自身もワクワクしてしまう。
ここ最近は観光を優先してたから、こういう挑戦はあまりしてなかった。けど、時々したらやっぱり楽しいんだ。
挑戦とはすなわち、その時の全力全開を出しつくして限界を超えること。今の制限がかかった状態を全力全開って言って良いかはともかくとして、力の限りを尽くせる状況ってのは案外ない。
今の私は特に、ね。
だから、ファウロスのことは抜きに楽しみにしてたし、ファウロス自身や彼を今の状況に追い込んだあいつには感謝してるくらいなんだ。好い機会をくれたって。
そういうわけだからさ、ディオニューソス、狂乱と豊穣の主よ。
「遊ぼうか、全力で、楽しく」
ようやく見えたその神に、不敵に笑みを向ける。なるほど、たしかにあれは、海賊が貴族と間違えたのも無理はない。流れるような金髪に、忠誠的な顔立ち。白くきめ細かい肌は、血の滴る戦場とは無縁に思える。
中世の西洋貴族然とした黒い衣装に白のタイは、彼を貴公子として演出するにはぴったりだろう。
しかしその実は、獣の如き欲望の権化と言っても過言ではないんだから愉快だ。
ファウロスを残し、私のみが守護者の間に入る。ディオニューソスに動く様子はなくて、薄ら笑みを浮かべたままこちらを見据えていた。
その胸の内に何を思い浮かべてるのかは、私にも分からない。ようやく来た客を歓迎しているのか、百八十階層で煮え湯を飲ませた恨みを晴らせると歓喜しているのか。もしかしたら、女の身である私を見て、肉欲を昂らせているのかもしれないね。
『不気味、だな、、、』
『ずるい技がいっぱいありそう』
『実はこれもう幻だったりして』
リスナー諸君は、不安を覚えているのか。
まあ、その感覚も間違ってはいないだろう。なんていうか、彼は、神らしい神々しさと人の持つ邪悪さを合わせたようなオーラを纏っている。
きっと色々悪辣なことをしてくるんだろう。
守護者の間じたいはこんなに綺麗なのにね。白大理石の神殿の中みたいな感じで。
「まずは、挨拶代わり。受け取ってちょうだい」
無手のままに三条の雷を閃かせ、ディオニューソスへお見舞いする。世界を砕くケラウノスの一撃には遥か及ばないような、本当にただの挨拶。
とはいえ百階層くらいの守護者なら一撃で消し炭にできる威力がある。それを、ディオニューソスはただの腕の一振りで弾き、掻き消した。
いいね。
――おっと、反撃は足元か。百八十階層でも使ってた蔓草の攻撃かな。精神堕落の魔法も込められてる。ここまでどうにか来られる程度の人間なら、捕まった時点でゲームオーバーだ。
でもこれは……。
『あっ、捕まった!?』
『ハロさんが!?』
『蔓草に絡めとられるハロさん……hshs」
『あ、そんな変態コメするとウィンテさんが……」
『そういえば最近ウィンテさん見かけないな』
あはは、新規さんと古参の温度差が凄いね。まぁ、古参の態度で正解。だってこれ、向こうの挨拶だもの。なかなか分かってるやつらしいね。
テキトーに引き千切って、更に前へ進む。支配域は、半々を維持したまま。
私もうすら笑いを返してあげて、槍を召喚する。その意味するところは、言う必要はないね?
前触れもなく踏み込めば、彼も倣う。その右手に持っているのは先端に松かさのついた木の杖。神器、テュルソスだ。ブドウの葉や蔓に飾られたそれは身の丈ほどあって、そこらの剣よりよほど間合いが広い。
それを口の端を吊り上げながら振りかぶってるんだから中々の武闘派だ。面白いじゃないか。
掬い上げるように振り上げた私の白槍と振り下ろされた長杖が衝突する。衝撃で白大理石の床に罅が入った。打ちあった位置は丁度中間。体勢も考えると、膂力はやや私が上か。
様子見も何もない、本当の全力なんだけどね。
弾かれた勢いを乗せて回転し、斬り下ろし。今度は杖を弾き飛ばして、その腹へ向け、尾先を突き出す。これは、蔓草で防がれた。
やっぱり挨拶のそれと違って固いね。尾じゃ貫けないか。
「おっと」
尾を半ばから切り落として精神浸食を防ぐ。蔓経由の精神攻撃が鬱陶しいね。今の私じゃいくらかは影響を受けちゃう。その僅かな隙があれば、こいつは私の頭蓋を砕けるよ。
尾の再生を済ませながら更に踏み込み、左手を翳して、白炎を生み出す。熱量に特化した炎は蔓を焼きつくし、ディオニューソスを飲み込んだ。
この隙で奪えた魂力の支配域は、部屋全体の二割くらいかな。元々一割はいつでも奪えたから、実質一割。つまりダメージは軽微だ。
それを示すように炎の内から飛び出した腕が右頬を掠める。その抜き手にもやっぱり精神汚染の魔法の気配がするから本当に悪辣。
まあでも、これは迂闊な一手。
腕を掴んでやって――おん? 幻覚か!
直感に従って右へ跳べば、少し前までいたところをテュルソスが貫いた。
「危ないなぁっ!」
さらに後ろへ跳ぶと、私を追うように地面から無数の蔓が生える。鬱陶しいなぁこれ。これに捕まるのは、まずい。っと、あら?
『ああっ!』
『しつこいなこの草』
『壁っ!あぶない!』
背中に石の当たる感覚。遅れてその盛り上がる気配がする。
首を傾けるのが遅かったら、頭を打たれてたね。
そっちが数でくるなら、こっちも数だ。
挨拶で撃ったそれよりもずっと情報の純度を高めた雷の雨を降らせてやる。絶え間は作らない。仕組みが分かってるから消耗は無いに等しい。思考力の続く限りほとんど無限に撃ち続けられる。
雷撃の嵐はさすがにあの蔓では防ぎきれないらしい。彼我の間にある蔓のすべてを焼き尽くすそれらを、ディオニューソスは右へ左へと躱す。さらには足元から蔓を伸ばして攻撃してくるんだから、なかなか戦い慣れてる。
『なんだこれ。この人たち、脳みそ複数あんの?』
『人じゃなくて神な。片方龍神だけど』
『これで全力じゃないってま?』
マジだよ。残念ながら六割くらいだ。
だからこれだけ楽しめてるんだけど。
お、大技の気配。いきなりか。
真鍮色の扉に両手をかけ、もったいぶるように、ゆっくり押し開く。
リスナー向けの演出ではあるんだけど、でもやっぱり、私自身もワクワクしてしまう。
ここ最近は観光を優先してたから、こういう挑戦はあまりしてなかった。けど、時々したらやっぱり楽しいんだ。
挑戦とはすなわち、その時の全力全開を出しつくして限界を超えること。今の制限がかかった状態を全力全開って言って良いかはともかくとして、力の限りを尽くせる状況ってのは案外ない。
今の私は特に、ね。
だから、ファウロスのことは抜きに楽しみにしてたし、ファウロス自身や彼を今の状況に追い込んだあいつには感謝してるくらいなんだ。好い機会をくれたって。
そういうわけだからさ、ディオニューソス、狂乱と豊穣の主よ。
「遊ぼうか、全力で、楽しく」
ようやく見えたその神に、不敵に笑みを向ける。なるほど、たしかにあれは、海賊が貴族と間違えたのも無理はない。流れるような金髪に、忠誠的な顔立ち。白くきめ細かい肌は、血の滴る戦場とは無縁に思える。
中世の西洋貴族然とした黒い衣装に白のタイは、彼を貴公子として演出するにはぴったりだろう。
しかしその実は、獣の如き欲望の権化と言っても過言ではないんだから愉快だ。
ファウロスを残し、私のみが守護者の間に入る。ディオニューソスに動く様子はなくて、薄ら笑みを浮かべたままこちらを見据えていた。
その胸の内に何を思い浮かべてるのかは、私にも分からない。ようやく来た客を歓迎しているのか、百八十階層で煮え湯を飲ませた恨みを晴らせると歓喜しているのか。もしかしたら、女の身である私を見て、肉欲を昂らせているのかもしれないね。
『不気味、だな、、、』
『ずるい技がいっぱいありそう』
『実はこれもう幻だったりして』
リスナー諸君は、不安を覚えているのか。
まあ、その感覚も間違ってはいないだろう。なんていうか、彼は、神らしい神々しさと人の持つ邪悪さを合わせたようなオーラを纏っている。
きっと色々悪辣なことをしてくるんだろう。
守護者の間じたいはこんなに綺麗なのにね。白大理石の神殿の中みたいな感じで。
「まずは、挨拶代わり。受け取ってちょうだい」
無手のままに三条の雷を閃かせ、ディオニューソスへお見舞いする。世界を砕くケラウノスの一撃には遥か及ばないような、本当にただの挨拶。
とはいえ百階層くらいの守護者なら一撃で消し炭にできる威力がある。それを、ディオニューソスはただの腕の一振りで弾き、掻き消した。
いいね。
――おっと、反撃は足元か。百八十階層でも使ってた蔓草の攻撃かな。精神堕落の魔法も込められてる。ここまでどうにか来られる程度の人間なら、捕まった時点でゲームオーバーだ。
でもこれは……。
『あっ、捕まった!?』
『ハロさんが!?』
『蔓草に絡めとられるハロさん……hshs」
『あ、そんな変態コメするとウィンテさんが……」
『そういえば最近ウィンテさん見かけないな』
あはは、新規さんと古参の温度差が凄いね。まぁ、古参の態度で正解。だってこれ、向こうの挨拶だもの。なかなか分かってるやつらしいね。
テキトーに引き千切って、更に前へ進む。支配域は、半々を維持したまま。
私もうすら笑いを返してあげて、槍を召喚する。その意味するところは、言う必要はないね?
前触れもなく踏み込めば、彼も倣う。その右手に持っているのは先端に松かさのついた木の杖。神器、テュルソスだ。ブドウの葉や蔓に飾られたそれは身の丈ほどあって、そこらの剣よりよほど間合いが広い。
それを口の端を吊り上げながら振りかぶってるんだから中々の武闘派だ。面白いじゃないか。
掬い上げるように振り上げた私の白槍と振り下ろされた長杖が衝突する。衝撃で白大理石の床に罅が入った。打ちあった位置は丁度中間。体勢も考えると、膂力はやや私が上か。
様子見も何もない、本当の全力なんだけどね。
弾かれた勢いを乗せて回転し、斬り下ろし。今度は杖を弾き飛ばして、その腹へ向け、尾先を突き出す。これは、蔓草で防がれた。
やっぱり挨拶のそれと違って固いね。尾じゃ貫けないか。
「おっと」
尾を半ばから切り落として精神浸食を防ぐ。蔓経由の精神攻撃が鬱陶しいね。今の私じゃいくらかは影響を受けちゃう。その僅かな隙があれば、こいつは私の頭蓋を砕けるよ。
尾の再生を済ませながら更に踏み込み、左手を翳して、白炎を生み出す。熱量に特化した炎は蔓を焼きつくし、ディオニューソスを飲み込んだ。
この隙で奪えた魂力の支配域は、部屋全体の二割くらいかな。元々一割はいつでも奪えたから、実質一割。つまりダメージは軽微だ。
それを示すように炎の内から飛び出した腕が右頬を掠める。その抜き手にもやっぱり精神汚染の魔法の気配がするから本当に悪辣。
まあでも、これは迂闊な一手。
腕を掴んでやって――おん? 幻覚か!
直感に従って右へ跳べば、少し前までいたところをテュルソスが貫いた。
「危ないなぁっ!」
さらに後ろへ跳ぶと、私を追うように地面から無数の蔓が生える。鬱陶しいなぁこれ。これに捕まるのは、まずい。っと、あら?
『ああっ!』
『しつこいなこの草』
『壁っ!あぶない!』
背中に石の当たる感覚。遅れてその盛り上がる気配がする。
首を傾けるのが遅かったら、頭を打たれてたね。
そっちが数でくるなら、こっちも数だ。
挨拶で撃ったそれよりもずっと情報の純度を高めた雷の雨を降らせてやる。絶え間は作らない。仕組みが分かってるから消耗は無いに等しい。思考力の続く限りほとんど無限に撃ち続けられる。
雷撃の嵐はさすがにあの蔓では防ぎきれないらしい。彼我の間にある蔓のすべてを焼き尽くすそれらを、ディオニューソスは右へ左へと躱す。さらには足元から蔓を伸ばして攻撃してくるんだから、なかなか戦い慣れてる。
『なんだこれ。この人たち、脳みそ複数あんの?』
『人じゃなくて神な。片方龍神だけど』
『これで全力じゃないってま?』
マジだよ。残念ながら六割くらいだ。
だからこれだけ楽しめてるんだけど。
お、大技の気配。いきなりか。



