187
翌日、二百階層に辿り着いたのは、昼を前にしたころだった。守護者の間の前室は白大理石で作られた神殿内のようで、ここまでの雰囲気を壊さない程度には華美。ここで落ち着くのは慣れが要りそうだ。まあ、この感じならまだ最終階層ではないね。
挑戦は、お昼ご飯を食べてからでもいいけど……。いや、やっぱり先に倒しちゃおう。ファウロスの体力が限界近い。
この部屋でファウロスが休めるかは知らないけど、魔物の出るところよりはマシなはず。昔実験した感じ、中での戦いの影響は前室には及ばないはずだし。
「それじゃあ、サクッと倒してくるよ。少し休んでて。なんなら寝てても良いよ」
「はい。お願いします」
というわけで、これまた華美な白い扉を軽く開けまして、ちらり。例によって神殿然とした石の広間に、足の不自由そうな筋骨隆々の男が一人。うん、へパイストスだ。ヘパイストスなんだけど、なんか妙に顔赤くない? もしかして、もう酔ってる?
「まあいっか。とりあえず入ろう」
『何がまあいっかなのかってあー』
『へべれけのおっさんがいるな』
『歩きづらそう』
『大丈夫か あれ、、、』
うわっ、酒臭。この部屋、なんでこんなに酒臭いのさ。いや、美味しそうな匂いではあるんだけど、ここまで濃いと臭いって感想になっちゃう。
あ、あれか。部屋の壁から流れ落ちてるの、酒だ。それが部屋を囲うように掘られた溝を流れてる。溝、というかサイズ的に掘だね。
『ハロさん、どこ行くんだ?』
『壁の方だな』
『なんか流れてるけど 嫌な予感』
『ちょっと黄色っぽい色のついた水。。。酒じゃね?』
なんかヘパイストスも動く様子がないし、味見しても良いよね?
うん、良いに決まっている。はい、いただきます!
「うまっ」
『あ、酒だ』
『酒だな』
『酒だわ』
『守護者に背を向けて酒を飲むハロさん、流石やえ』
だって気になるじゃん。気にならない方がおかしい。こんなに芳醇な香りなのに。
んー、白ワインだね。酸味は少なめ。甘みが強いかな。良い感じにフルーティで、私はかなり好きな味。
とりあえず汲んでおこう。採取採取っと。
感じる力的に、目的としてる酒ではないだろうけど、美味しいは正義だし。まあ、大蛇の火酒のちょっと下くらいの格かな。
で、だ。これでどうしたらいいんだろうか。推定ヘパイストスも襲いかかってこないし、やっぱり謎解き?
声、かけてみる? 何かしないと始まらないし。
「もしもーし?」
ふむ、反応なし。ていうかこれ、ちゃんと意識ある? 酔って朦朧としてない?
ゆさゆさ。……うおっ!?
「びっくりしたー。急に切りつけないでほしいよ」
ちょっと前髪切られちゃった。あれは、斧か。両刃の斧だ。殆ど起こりの気配が無かったね。
『心臓に悪い』
『やっぱり戦闘?』
『なんか顔の赤み ちょっと引いてない?」
『あ、浮いた』
なるほどね。戦って倒せばいいのはそうらしい。
ただしこの感じ、ギミック戦闘ってやつだね。
コメントでも言ってたけど、少し顔の赤みが引いてようやく反応があった。それだけじゃなくて、魂力を支配しようとする力も強まったんだ。
そこにメタ推理、ディオニューソスの迷宮で系譜というわけでもない別の神がいて、周囲にこれだけ酒が満ちている。
「酒を飲ませて弱体化させながら戦うんだね。本来なら」
『本来なら』
『あ、この人力押しするつもりだ』
『そもそも護衛しながらソロ攻略してる時点で意味分からないのに』
正解。だって、その方が面白いから。
今で、あちらの支配域は一割強ってところか。うん、良いくらいじゃなかろうか。
「それじゃあ、始めようか」
楽しい宴を。
まずは槍。さっきの感じからして、軽く受け止められるはず。
ほらね。
ガキンっと金属音が響いて私の白とヘパイストスの黄金が交わる。バランスの酷く悪そうな巨大な刃を軽々と操って、それなりに本気だった切り下ろしを受け止めてきた。
「おっと」
全力じゃないとこの体勢でも押し返されるか。
力は今の泥酔状態で同じくらい。全力の私と正気の彼だとどっちが強いかな。
強化込みでの話だから、相当な膂力だよ。さすがは鍛冶の神。
でも、まだまだ隙だらけだ。
尾を潰れた足に引っかけて、思いっきり引っ張る。魂力への干渉で浮遊をしてるみたいだけど、今の支配力じゃ私のそれには抗えない。
体が浮き、上体のバランスは崩れきっている。斧は槍で押さえたまま。そこへ、上段後ろ回し蹴り。
あ、まず。
「ふぅ、セーフ」
『なんでこの人、酒に落ちないように助けてるんだ』
『縛りプレイすぎて笑う』
『神相手にナメプか……』
楽勝じゃ作業だし。何気にストレスも溜まってるんだよね。
「あら危ない。助けてあげたのに酷いなぁ」
あの体勢で首を狙えるか。やるね。
その前にぶん投げたからダメージは無し。ただ、今のでそれなりに酔いが覚めたね。魂力支配をこの部屋の三割まで持ってかれた。さすがはオリュンポス十二神が一柱だ。
じゃあこっちもギアを上げよう。それなりに本気、から割と本気まで。
身体強化の仕方を少し変えて、集中強化をする形に。ただし、流動的に、かつ高速に動かす。攻撃に魔法を乗せるのはまだだ。
二度、三度と振るう刃はその度に甲高い音を鳴らして防がれる。リスナーの大半はもう、補正有りでも目で追うのが辛くなってるくらいなんだけどね。ちゃんと的確に防いでくる。
膂力は、現時点じゃ私が少し上か。そのお陰で反撃する隙は与えていない。その内押し切れそう、に見えるかもね。
こうしてる間にもどんどん酔いが覚めている。反撃がくるのも時間の問題。なら、もう一手追加。
刃の後ろに雷を準備。弾かれるのと同時に発射して、確実にぶつける。
よし、崩れた。
僅かばかりにできた隙にあわせるのは、最速の突き。額を狙ったこれは、首を捻られて直撃はしない。けど、初めて血を流させた。
そのまま振り下ろし。柄で肩を殴りつける。肉体派の神相手にまともなダメージになるとは思わないけど、斧を振るわせない分には十分。
からの、腹へ雷撃。大抵の守護者ならこれで終わりだけど、まあ、無理よね。
ヘパイストスの腹は焼け爛れ、赤熱している。けどそれも見る間に塞がっていて、大したダメージは残らないだろう。
それに、だ。
「ずいぶん赤みが引いたじゃない」
へにゃりとしていた表情が引き締まり、鋭い眼光が私を睨む。いいね。
魂力の支配域は、もうすぐ四割持っていかれそうだね。
「じゃあ、第二ラウンドといこうか」
私ももっとギアを入れていくよ。
翌日、二百階層に辿り着いたのは、昼を前にしたころだった。守護者の間の前室は白大理石で作られた神殿内のようで、ここまでの雰囲気を壊さない程度には華美。ここで落ち着くのは慣れが要りそうだ。まあ、この感じならまだ最終階層ではないね。
挑戦は、お昼ご飯を食べてからでもいいけど……。いや、やっぱり先に倒しちゃおう。ファウロスの体力が限界近い。
この部屋でファウロスが休めるかは知らないけど、魔物の出るところよりはマシなはず。昔実験した感じ、中での戦いの影響は前室には及ばないはずだし。
「それじゃあ、サクッと倒してくるよ。少し休んでて。なんなら寝てても良いよ」
「はい。お願いします」
というわけで、これまた華美な白い扉を軽く開けまして、ちらり。例によって神殿然とした石の広間に、足の不自由そうな筋骨隆々の男が一人。うん、へパイストスだ。ヘパイストスなんだけど、なんか妙に顔赤くない? もしかして、もう酔ってる?
「まあいっか。とりあえず入ろう」
『何がまあいっかなのかってあー』
『へべれけのおっさんがいるな』
『歩きづらそう』
『大丈夫か あれ、、、』
うわっ、酒臭。この部屋、なんでこんなに酒臭いのさ。いや、美味しそうな匂いではあるんだけど、ここまで濃いと臭いって感想になっちゃう。
あ、あれか。部屋の壁から流れ落ちてるの、酒だ。それが部屋を囲うように掘られた溝を流れてる。溝、というかサイズ的に掘だね。
『ハロさん、どこ行くんだ?』
『壁の方だな』
『なんか流れてるけど 嫌な予感』
『ちょっと黄色っぽい色のついた水。。。酒じゃね?』
なんかヘパイストスも動く様子がないし、味見しても良いよね?
うん、良いに決まっている。はい、いただきます!
「うまっ」
『あ、酒だ』
『酒だな』
『酒だわ』
『守護者に背を向けて酒を飲むハロさん、流石やえ』
だって気になるじゃん。気にならない方がおかしい。こんなに芳醇な香りなのに。
んー、白ワインだね。酸味は少なめ。甘みが強いかな。良い感じにフルーティで、私はかなり好きな味。
とりあえず汲んでおこう。採取採取っと。
感じる力的に、目的としてる酒ではないだろうけど、美味しいは正義だし。まあ、大蛇の火酒のちょっと下くらいの格かな。
で、だ。これでどうしたらいいんだろうか。推定ヘパイストスも襲いかかってこないし、やっぱり謎解き?
声、かけてみる? 何かしないと始まらないし。
「もしもーし?」
ふむ、反応なし。ていうかこれ、ちゃんと意識ある? 酔って朦朧としてない?
ゆさゆさ。……うおっ!?
「びっくりしたー。急に切りつけないでほしいよ」
ちょっと前髪切られちゃった。あれは、斧か。両刃の斧だ。殆ど起こりの気配が無かったね。
『心臓に悪い』
『やっぱり戦闘?』
『なんか顔の赤み ちょっと引いてない?」
『あ、浮いた』
なるほどね。戦って倒せばいいのはそうらしい。
ただしこの感じ、ギミック戦闘ってやつだね。
コメントでも言ってたけど、少し顔の赤みが引いてようやく反応があった。それだけじゃなくて、魂力を支配しようとする力も強まったんだ。
そこにメタ推理、ディオニューソスの迷宮で系譜というわけでもない別の神がいて、周囲にこれだけ酒が満ちている。
「酒を飲ませて弱体化させながら戦うんだね。本来なら」
『本来なら』
『あ、この人力押しするつもりだ』
『そもそも護衛しながらソロ攻略してる時点で意味分からないのに』
正解。だって、その方が面白いから。
今で、あちらの支配域は一割強ってところか。うん、良いくらいじゃなかろうか。
「それじゃあ、始めようか」
楽しい宴を。
まずは槍。さっきの感じからして、軽く受け止められるはず。
ほらね。
ガキンっと金属音が響いて私の白とヘパイストスの黄金が交わる。バランスの酷く悪そうな巨大な刃を軽々と操って、それなりに本気だった切り下ろしを受け止めてきた。
「おっと」
全力じゃないとこの体勢でも押し返されるか。
力は今の泥酔状態で同じくらい。全力の私と正気の彼だとどっちが強いかな。
強化込みでの話だから、相当な膂力だよ。さすがは鍛冶の神。
でも、まだまだ隙だらけだ。
尾を潰れた足に引っかけて、思いっきり引っ張る。魂力への干渉で浮遊をしてるみたいだけど、今の支配力じゃ私のそれには抗えない。
体が浮き、上体のバランスは崩れきっている。斧は槍で押さえたまま。そこへ、上段後ろ回し蹴り。
あ、まず。
「ふぅ、セーフ」
『なんでこの人、酒に落ちないように助けてるんだ』
『縛りプレイすぎて笑う』
『神相手にナメプか……』
楽勝じゃ作業だし。何気にストレスも溜まってるんだよね。
「あら危ない。助けてあげたのに酷いなぁ」
あの体勢で首を狙えるか。やるね。
その前にぶん投げたからダメージは無し。ただ、今のでそれなりに酔いが覚めたね。魂力支配をこの部屋の三割まで持ってかれた。さすがはオリュンポス十二神が一柱だ。
じゃあこっちもギアを上げよう。それなりに本気、から割と本気まで。
身体強化の仕方を少し変えて、集中強化をする形に。ただし、流動的に、かつ高速に動かす。攻撃に魔法を乗せるのはまだだ。
二度、三度と振るう刃はその度に甲高い音を鳴らして防がれる。リスナーの大半はもう、補正有りでも目で追うのが辛くなってるくらいなんだけどね。ちゃんと的確に防いでくる。
膂力は、現時点じゃ私が少し上か。そのお陰で反撃する隙は与えていない。その内押し切れそう、に見えるかもね。
こうしてる間にもどんどん酔いが覚めている。反撃がくるのも時間の問題。なら、もう一手追加。
刃の後ろに雷を準備。弾かれるのと同時に発射して、確実にぶつける。
よし、崩れた。
僅かばかりにできた隙にあわせるのは、最速の突き。額を狙ったこれは、首を捻られて直撃はしない。けど、初めて血を流させた。
そのまま振り下ろし。柄で肩を殴りつける。肉体派の神相手にまともなダメージになるとは思わないけど、斧を振るわせない分には十分。
からの、腹へ雷撃。大抵の守護者ならこれで終わりだけど、まあ、無理よね。
ヘパイストスの腹は焼け爛れ、赤熱している。けどそれも見る間に塞がっていて、大したダメージは残らないだろう。
それに、だ。
「ずいぶん赤みが引いたじゃない」
へにゃりとしていた表情が引き締まり、鋭い眼光が私を睨む。いいね。
魂力の支配域は、もうすぐ四割持っていかれそうだね。
「じゃあ、第二ラウンドといこうか」
私ももっとギアを入れていくよ。



