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 翌日、二百階層に辿り着いたのは、昼を前にしたころだった。守護者の間の前室は白大理石で作られた神殿内のようで、ここまでの雰囲気を壊さない程度には華美。ここで落ち着くのは慣れが要りそうだ。まあ、この感じならまだ最終階層ではないね。
 挑戦は、お昼ご飯を食べてからでもいいけど……。いや、やっぱり先に倒しちゃおう。ファウロスの体力が限界近い。

 この部屋でファウロスが休めるかは知らないけど、魔物の出るところよりはマシなはず。昔実験した感じ、中での戦いの影響は前室には及ばないはずだし。

「それじゃあ、サクッと倒してくるよ。少し休んでて。なんなら寝てても良いよ」
「はい。お願いします」

 というわけで、これまた華美な白い扉を軽く開けまして、ちらり。例によって神殿然とした石の広間に、足の不自由そうな筋骨隆々の男が一人。うん、へパイストスだ。ヘパイストスなんだけど、なんか妙に顔赤くない? もしかして、もう酔ってる?

「まあいっか。とりあえず入ろう」

『何がまあいっかなのかってあー』
『へべれけのおっさんがいるな』
『歩きづらそう』
『大丈夫か あれ、、、』

 うわっ、酒臭。この部屋、なんでこんなに酒臭いのさ。いや、美味しそうな匂いではあるんだけど、ここまで濃いと臭いって感想になっちゃう。
 あ、あれか。部屋の壁から流れ落ちてるの、酒だ。それが部屋を囲うように掘られた溝を流れてる。溝、というかサイズ的に掘だね。

『ハロさん、どこ行くんだ?』
『壁の方だな』
『なんか流れてるけど 嫌な予感』
『ちょっと黄色っぽい色のついた水。。。酒じゃね?』

 なんかヘパイストスも動く様子がないし、味見しても良いよね?
 うん、良いに決まっている。はい、いただきます!

「うまっ」

『あ、酒だ』
『酒だな』
『酒だわ』
『守護者に背を向けて酒を飲むハロさん、流石やえ』

 だって気になるじゃん。気にならない方がおかしい。こんなに芳醇な香りなのに。
 んー、白ワインだね。酸味は少なめ。甘みが強いかな。良い感じにフルーティで、私はかなり好きな味。

 とりあえず汲んでおこう。採取採取っと。
 感じる力的に、目的としてる酒ではないだろうけど、美味しいは正義だし。まあ、大蛇の火酒のちょっと下くらいの格かな。

 で、だ。これでどうしたらいいんだろうか。推定ヘパイストスも襲いかかってこないし、やっぱり謎解き?
 声、かけてみる? 何かしないと始まらないし。

「もしもーし?」

 ふむ、反応なし。ていうかこれ、ちゃんと意識ある? 酔って朦朧としてない?
 ゆさゆさ。……うおっ!?

「びっくりしたー。急に切りつけないでほしいよ」

 ちょっと前髪切られちゃった。あれは、斧か。両刃の斧だ。殆ど起こりの気配が無かったね。

『心臓に悪い』
『やっぱり戦闘?』
『なんか顔の赤み ちょっと引いてない?」
『あ、浮いた』

 なるほどね。戦って倒せばいいのはそうらしい。
 ただしこの感じ、ギミック戦闘ってやつだね。

 コメントでも言ってたけど、少し顔の赤みが引いてようやく反応があった。それだけじゃなくて、魂力を支配しようとする力も強まったんだ。
 そこにメタ推理、ディオニューソスの迷宮で系譜というわけでもない別の神がいて、周囲にこれだけ酒が満ちている。

「酒を飲ませて弱体化させながら戦うんだね。本来なら」

『本来なら』
『あ、この人力押しするつもりだ』
『そもそも護衛しながらソロ攻略してる時点で意味分からないのに』

 正解。だって、その方が面白いから。

 今で、あちらの支配域は一割強ってところか。うん、良いくらいじゃなかろうか。

「それじゃあ、始めようか」

 楽しい宴を。

 まずは槍。さっきの感じからして、軽く受け止められるはず。
 ほらね。

 ガキンっと金属音が響いて私の白とヘパイストスの黄金が交わる。バランスの酷く悪そうな巨大な刃を軽々と操って、それなりに本気だった切り下ろしを受け止めてきた。

「おっと」

 全力じゃないとこの体勢でも押し返されるか。
 力は今の泥酔状態で同じくらい。全力の私と正気の彼だとどっちが強いかな。
 強化込みでの話だから、相当な膂力だよ。さすがは鍛冶の神。

 でも、まだまだ隙だらけだ。
 尾を潰れた足に引っかけて、思いっきり引っ張る。魂力への干渉で浮遊をしてるみたいだけど、今の支配力じゃ私のそれには抗えない。

 体が浮き、上体のバランスは崩れきっている。斧は槍で押さえたまま。そこへ、上段後ろ回し蹴り。

 あ、まず。

「ふぅ、セーフ」

『なんでこの人、酒に落ちないように助けてるんだ』
『縛りプレイすぎて笑う』
『神相手にナメプか……』

 楽勝じゃ作業だし。何気にストレスも溜まってるんだよね。

「あら危ない。助けてあげたのに酷いなぁ」

 あの体勢で首を狙えるか。やるね。
 その前にぶん投げたからダメージは無し。ただ、今のでそれなりに酔いが覚めたね。魂力支配をこの部屋の三割まで持ってかれた。さすがはオリュンポス十二神が一柱だ。

 じゃあこっちもギアを上げよう。それなりに本気、から割と本気まで。

 身体強化の仕方を少し変えて、集中強化をする形に。ただし、流動的に、かつ高速に動かす。攻撃に魔法を乗せるのはまだだ。

 二度、三度と振るう刃はその度に甲高い音を鳴らして防がれる。リスナーの大半はもう、補正有りでも目で追うのが辛くなってるくらいなんだけどね。ちゃんと的確に防いでくる。
 膂力は、現時点じゃ私が少し上か。そのお陰で反撃する隙は与えていない。その内押し切れそう、に見えるかもね。

 こうしてる間にもどんどん酔いが覚めている。反撃がくるのも時間の問題。なら、もう一手追加。

 刃の後ろに雷を準備。弾かれるのと同時に発射して、確実にぶつける。
 よし、崩れた。

 僅かばかりにできた隙にあわせるのは、最速の突き。額を狙ったこれは、首を捻られて直撃はしない。けど、初めて血を流させた。
 そのまま振り下ろし。柄で肩を殴りつける。肉体派の神相手にまともなダメージになるとは思わないけど、斧を振るわせない分には十分。

 からの、腹へ雷撃。大抵の守護者ならこれで終わりだけど、まあ、無理よね。

 ヘパイストスの腹は焼け爛れ、赤熱している。けどそれも見る間に塞がっていて、大したダメージは残らないだろう。
 それに、だ。

「ずいぶん赤みが引いたじゃない」

 へにゃりとしていた表情が引き締まり、鋭い眼光が私を睨む。いいね。
 魂力の支配域は、もうすぐ四割持っていかれそうだね。

「じゃあ、第二ラウンドといこうか」

 私ももっとギアを入れていくよ。