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「夜墨、あとはよろしくね」
「ああ」

 さすがに、解放軍の張った結界じゃ余波を抑えきれないだろうから。

 夜墨の頭上から一歩踏み出し、そのまま空中を歩いて皇帝の消えた建物の前へ向かう。初めから私を迎え撃つつもりだったんだろう。そこは修練場であるようだった。
 広さは、バスケットコート二面分かな。地面はよく踏み固められた砂。きっと多くの人間がこの場で血と汗を流したのだろう。

 その中央へ静かに降り立って、ちょうど正面の建物から出てきた皇帝へ視線を向ける。相変らず黄色い。黄土色の髪に黄色の衣、そして私と同じ、金色の瞳。瞳孔だけは黒いけど。

「やあ、お出迎えありがとう」

 彼に外面良く対応する必要は無いだろう。

「この余興は貴様が企てたのか?」

 余興、ね。まあ、違いない。
 虎憲(フーシェン)たちがどれほど死力を尽くし、気高い志を見せようとも、彼らの戦いはこの国の未来を決めるものにはならない。兄弟喧嘩の行方がどこであろうと関係ない。全てを決めるのは、私と皇帝だ。

 私と、あの三十代半ばにも届いてい無さそうな見た目の男のどちらかが死んで、それでようやく決着する。

 だから、余興。

「中心になってるのは虎憲だよ。私はただ、逆鱗に触れたおバカさんを殺しに来ただけ」
「フンッ、アイツか。なるほどな」

 皇帝は虎憲の気配のある方へ視線をやる。大方、どう処分するかでも考えているんだろう。当然のように私に勝つ気でいるわけだ。
 うん、それでこそ龍だよ。

 勝つのは私だけどね。

「何にせよ、貴様がいらぬ希望を与えたには違いあるまい。その罪、我が民たちの前で償ってもらうぞ」

 ん、配信するのか。自分の支配を盤石なものとするために、大衆の面前で私の首をとりたいわけね。
 じゃあ私も配信つけようかな。最近出来てなかったし、コラボ配信的な。

 こんな殺意しかないコラボは前代未聞、いや、ゼハマの弟君の時もやったね。名前忘れちゃったけど、彼もあの時配信つけてたか。

「我が民たちよ、見えるな。今我が前に立ちはだかる白い厄災が」

 もう始めてるみたいね。ちゃんとこちらの警戒もしてる。

「やつこそが世に滅びを齎す災い。この地に滅びを齎す者。我が子らを誑かし、無意味な戦火を(もたら)す者」

 無意味な戦火、ね。

「だが案ずるな。如何なる厄災であろうと、この龍帝が屠ってみせよう!」

 御高説お疲れ様、とでも言った方がいいかな?
 まあいいか。こちらも始めよう。

「ハロハロ、久しぶり、みんな。今から皇帝こと龍帝さんと戦うよ」

『ハロハロー。急展開すぎる』
『こんにちは。来たらいきなり最終決戦で笑いました』
『はろはろ。ハロさんも始めたか』

 けっこう龍帝の配信も見てた人が多いみたいね。状況説明は、これ以上しなくていいか。
 ああ、一つだけ訂正も兼ねて言っておくか。

「ついさっきまで、この国を変えようと藻掻いてた子たちが自身の持てる全てを賭けて戦っていた。彼はそれを無意味なものだと言ったけど、それは違う。その強い意志が、この国を真に思う心が、傷つきながら尚未来を掴み取ろうとする姿が、この私を動かした」

 最終的なきっかけは、龍帝の配信ではあった。でも、虎憲たちに協力する形にしたのは、虎憲が本当にこの国を良くしようとしていたからだ。民たちに慕われていたからだ。

 ついでにって形ではあるけども、それでも私を動かしたのには違いない。なんなら龍帝の宣戦布告配信も、虎憲が仕組んだ可能性が浮上してるし。

「龍の祖として、龍神と呼ばれる者として、私は第四皇子、(ワン)虎憲の願いを叶えよう。暗君に天誅をくだそう」

 さあ、これで全てが終わった後の準備も整った。私が勝てば、虎憲こそ正当なる皇帝だとする理由になる。

「それじゃあ始めようか、龍帝くん」

 読み合いは、いらないか。
 一足飛びに肉薄し、顕現させた槍を振り下ろす。

「ぬぅっ」

 剣で受けられた。
 ふむ、一応反応はできると。体勢を考えても、人型状態での膂力は私の方がずっと上だね。

 技量はどうかな?

 槍を縦に回転させて石突側で叩き上げ、その勢いのまま切り上げに繋げる。龍帝くんはそれを紙一重で躱し、或いは剣身で逸らす。更には反撃に斬りつけてくる余裕もあるようだ。

 なるほど、人型状態での身体能力は明らかに私より下だけど、武の技量は近いレベルにあるのね。身体能力は魔法的な技量の差かな。
 魂力支配は、当たり前のようにしてきてる。とりあえず五分にしておこうか。

「少しギアを上げるよ」

 身体強化の出力を上げ、体術と尾による攻撃も織り交ぜる。
 一撃一撃は、一般兵なら掠っただけで死ねる威力だ。それを龍帝は的確に捌く。これも避けるだけでない。当たって良い攻撃は敢えて受けながら十分すぎる威力の攻撃を返してくる。

 いいね。じゃあ、魔法も混ぜてみようか。

 刃の後ろに隠すようにして切断の概念を具現化する。敢えて大振りにしたこれを龍帝は案の定潜りこむように躱し、踏み込もうとして、目を見開いた。
 切れたのは前髪数本のみ。さすがに気付かれて距離を取られる。

 仮にも龍が相手だ。これは想定通り。

 配信を見てる人たちにも分かりやすい魔法でいこうか。
 氷と炎でいいかな。槍を象らせて、射出する。

 数はまあ、この修練場全部を覆うくらいでいいか。
 氷炎が視界を埋め尽くし、そして射出される。

『えっぐ』
『でもこれたぶん、一ミリも本気じゃないんよなぁ……』
『ハロさん遊んでますねー』

 轟音が宮廷内を振るわせ、土煙が舞う。配信を見ている人間にはどういった状況か分からないだろう。

 ふむ、魔法の無効化は完全にはできなかったみたいだね。それなりにダメージを受けてる。

「ふぅん、なるほどね。……この程度か」

 つまらない。
 これじゃあつまらない。

「ねえ、早く本気出しなよ」

 皇女の言ってたあの力とやらは、まさか魂力支配能力のことじゃないでしょう。もしそうだったら、私がその気になった瞬間に終ってしまう。

「隠し玉、あるんでしょ?」

 予想としては、龍器。彼らが真なる龍と呼ぶ種族の固有の力。
 夜墨のそれは、それこそチートって言っていいくらいのものだった。この槍の持つ類稀な頑丈さも、実を言えば(ことわり)に干渉するようなものだ。

 じゃあ龍帝が持つそれの力は?
 まったく、期待しかないじゃないか。

「舐められたものだな」

 土煙が晴れる。傷は治したらしい。服は焦げたり破れたりしてるけど、それくらい。彼の龍眼はギラギラと燃え、私を睨みつけている。心地よいまでの殺意だ。

「その傲慢、後悔するといい」

 静かな声と共に、変化は訪れた。