156
牛音はちょうど接敵したところか。彼の周囲に兵の姿は無し。全員結界の破壊に向かわせてるみたい。彼の能力なら妥当な判断だろう。
で、お相手さんはまた片方だけ知った顔だ。
第五子、第三皇女。種族は狻猊だったか。火と煙、それから安静を好むんだったかな。
橙色の衣の彼女はいつかのように煙管をふかしながら自身の長兄を睨んでる。
隣の青い服を着た女は、消去法で第二皇女か。第四子だから、蒲牢だ。吠えることを好む海獣、ってなると、牛音の種族である囚牛よりも攻撃な音の能力だろうか。
狻猊が妨害し、蒲牢がより強い音で殴る。なるほど、牛音にはやりにくそうだ。
あちらは兵も引き連れてる辺り、彼らを守り助力させる手段があるって予測も立つ。
ここの声も聞こえるようにしようか。
「――応じていただけませんか?」
「兄上の頼みでも頷けない。聞けるわけがない」
ふむ、戦わずに済ませたいのね。牛音らしい。
対する第二皇女の纏う感情は、僅かな憤りに、恐怖。魂力にはっきり感情が映っている辺り、練度は知れる。あの練度なら。皇帝を畏怖するのも無理はない。
「兄上はあの娘が主上に勝てると思っておるのか?」
娘って私のことか。たぶん私の方が年上だよ、第三皇女ちゃん。
「ええ。王獅火、貴女が知ってるあの方は、全力の半分ほどしか力の使えない状態です。今はあの時よりずっと、ずっとずっと強い」
「それでも無理だろう。主上には、あの力があるのだぞ」
あの力とな。期待させてくれるね。
ちらっと皇帝の方を見ると、また目が合った。彼も牛音たちの会話を聞いてたのかな。
「兄上こそ、獅火と私二人を相手に本当に戦うつもり?」
肩をすくめるのが様になるって珍しいよね。彼の胡散臭さのせいかな?
「どうやら問答する意味はなさそうですね」
「そうみたい。兄上、覚悟して」
先にしかけたのは蒲牢の第二皇女。大きく息を吸い、音波として吐き出す。
ふむ、こちらは人型のまま戦うのね。
全方位への音波が覇下である第三皇子の衝突ですら壊れなかった建物を軋ませ、地面を砕いた。その威力から、第三皇女は自兵たちをしっかり守っている。
私と戦った時もこれくらいしてほしかったね。もしかしたらあれを受けて修行したのかもだけど。
牛音の最大出力よりも大きいから、普通に能力を使っての相殺は難しい。ちゃんと対処できるかな?
「……うん、さすが要領がいいね」
彼の一手は一点集中による相殺。最小限の規模に絞った能力行使で情報の密度を上げ、更に同じ空間に複数回能力を行使することで魔力的な出力の差を埋める。魂力への干渉に関わる技だから何度か見せただけだけど、見事にものにしてる。
彼自身はまだ種族としての能力を使ってるだけって認識だろうけども、そのうち気付くだろうね。
現状問題は、相手より手数が必要ってことか。牛音が一つの攻撃を相殺する間に二発目、三発目と飛んでくる。併せて兵士たちの援護射撃。炎に雷、水に木。さまざまな現象の具現が彼を襲う。陰陽五行の思想を使っての魔法行使は令奈が好んで使うものに近いか。これだけの数になると、なかなかの脅威だ。
もしここに牛音の兵たちがいたなら、彼らを庇いながら戦う必要もあった。第二皇女の能力は知っていたはずだし、その状況を作らないようにすることの方が主目的だったのかも。
両者ともに、未だその場を動く気配はない。中距離からの能力の応酬、しかし牛音の防戦一方で状況が硬直してしまっている。
「時間稼ぎに徹する気か。無理をしないのは悪くない」
「ああ。だが、もう一人が動けば自ずと無理をせねばならなくなるぞ」
「だね」
今均衡が保たれているのは、第二皇女と兵たちしか攻撃していないから。味方の保護しかしていない第三皇女が攻撃にも参加すれば、その時点で無理をする必要が出てくる。
それよりも先に味方が結界を破壊すれば良し。お祈り案件だ。
「でもなんか、牛音らしくないね」
あれは胡散臭いし面倒なことは回避しようとするけど、しっかり傲慢さも持ち合わせている。それに、強かさも。
とすると、何か狙ってるか?
「――ああ、そういう」
確かにそれが出来るなら、状況はかなり好転する。第二皇女は武術自体はそこまで修めていないように見えるし、勝ったようなものと言えるだろう。
難易度は高いし、博打な部分も少なからずあるけど、でもできると思ってるんだろうね。牛音だもの。
そういう部分は割と好ましい。ちゃんと傲れるだけの研鑽も積んでるから。
そんで、結界の方は、交戦中っと。あちらさんが守ってるのは、四神を象った像か。あれが結界を構成する力の経由地点兼要となってるのね。
ふむ、だいたいの様式は分かった。まだ一パターンしか見てないからすぐには応用出来ないけど、基本だけ模倣するなら十分だ。
兵たちも頑張ってるし、圧倒的に優勢。でも数が違いすぎて時間は掛かりそう。牛音や狼戦が兄弟姉妹を落とす方が早いかもなぁ。防衛のために入り組んだ地形がそれほど作用してないことだけ幸いか。
なんにせよ、盤上の戦いは解放軍が有利。最終的には指し手同士の戦いで全てが決まるにせよ、それまでも大事。官軍を名乗る以上、そして私が手を貸す以上、完全勝利でなければならない。
おっと、こっちに意識を向けてる間に牛音の方の戦況が動いた。第三皇女がその姿を焔の獅子へと変える。獅子に似た亜龍、それが狻猊だ。彼女は普段煙管からそうしているように、口から煙を吐き出し、身に纏う炎を燃え上がらせる。
彼女の吐いた煙はその兵たちを包み、守っているようだ。その煙が不意に途絶え、代わりにオレンジ色の光が洩れる。
「亜龍とはいえ、龍に連なる者か」
「児戯同然だがな」
それは即ち、ブレスの予兆だ。確かに私たち龍のそれに比べたら、遥かにお粗末な魔力の高まり。それでも、多くにとって災いであるには違いない。
牛音はちょうど接敵したところか。彼の周囲に兵の姿は無し。全員結界の破壊に向かわせてるみたい。彼の能力なら妥当な判断だろう。
で、お相手さんはまた片方だけ知った顔だ。
第五子、第三皇女。種族は狻猊だったか。火と煙、それから安静を好むんだったかな。
橙色の衣の彼女はいつかのように煙管をふかしながら自身の長兄を睨んでる。
隣の青い服を着た女は、消去法で第二皇女か。第四子だから、蒲牢だ。吠えることを好む海獣、ってなると、牛音の種族である囚牛よりも攻撃な音の能力だろうか。
狻猊が妨害し、蒲牢がより強い音で殴る。なるほど、牛音にはやりにくそうだ。
あちらは兵も引き連れてる辺り、彼らを守り助力させる手段があるって予測も立つ。
ここの声も聞こえるようにしようか。
「――応じていただけませんか?」
「兄上の頼みでも頷けない。聞けるわけがない」
ふむ、戦わずに済ませたいのね。牛音らしい。
対する第二皇女の纏う感情は、僅かな憤りに、恐怖。魂力にはっきり感情が映っている辺り、練度は知れる。あの練度なら。皇帝を畏怖するのも無理はない。
「兄上はあの娘が主上に勝てると思っておるのか?」
娘って私のことか。たぶん私の方が年上だよ、第三皇女ちゃん。
「ええ。王獅火、貴女が知ってるあの方は、全力の半分ほどしか力の使えない状態です。今はあの時よりずっと、ずっとずっと強い」
「それでも無理だろう。主上には、あの力があるのだぞ」
あの力とな。期待させてくれるね。
ちらっと皇帝の方を見ると、また目が合った。彼も牛音たちの会話を聞いてたのかな。
「兄上こそ、獅火と私二人を相手に本当に戦うつもり?」
肩をすくめるのが様になるって珍しいよね。彼の胡散臭さのせいかな?
「どうやら問答する意味はなさそうですね」
「そうみたい。兄上、覚悟して」
先にしかけたのは蒲牢の第二皇女。大きく息を吸い、音波として吐き出す。
ふむ、こちらは人型のまま戦うのね。
全方位への音波が覇下である第三皇子の衝突ですら壊れなかった建物を軋ませ、地面を砕いた。その威力から、第三皇女は自兵たちをしっかり守っている。
私と戦った時もこれくらいしてほしかったね。もしかしたらあれを受けて修行したのかもだけど。
牛音の最大出力よりも大きいから、普通に能力を使っての相殺は難しい。ちゃんと対処できるかな?
「……うん、さすが要領がいいね」
彼の一手は一点集中による相殺。最小限の規模に絞った能力行使で情報の密度を上げ、更に同じ空間に複数回能力を行使することで魔力的な出力の差を埋める。魂力への干渉に関わる技だから何度か見せただけだけど、見事にものにしてる。
彼自身はまだ種族としての能力を使ってるだけって認識だろうけども、そのうち気付くだろうね。
現状問題は、相手より手数が必要ってことか。牛音が一つの攻撃を相殺する間に二発目、三発目と飛んでくる。併せて兵士たちの援護射撃。炎に雷、水に木。さまざまな現象の具現が彼を襲う。陰陽五行の思想を使っての魔法行使は令奈が好んで使うものに近いか。これだけの数になると、なかなかの脅威だ。
もしここに牛音の兵たちがいたなら、彼らを庇いながら戦う必要もあった。第二皇女の能力は知っていたはずだし、その状況を作らないようにすることの方が主目的だったのかも。
両者ともに、未だその場を動く気配はない。中距離からの能力の応酬、しかし牛音の防戦一方で状況が硬直してしまっている。
「時間稼ぎに徹する気か。無理をしないのは悪くない」
「ああ。だが、もう一人が動けば自ずと無理をせねばならなくなるぞ」
「だね」
今均衡が保たれているのは、第二皇女と兵たちしか攻撃していないから。味方の保護しかしていない第三皇女が攻撃にも参加すれば、その時点で無理をする必要が出てくる。
それよりも先に味方が結界を破壊すれば良し。お祈り案件だ。
「でもなんか、牛音らしくないね」
あれは胡散臭いし面倒なことは回避しようとするけど、しっかり傲慢さも持ち合わせている。それに、強かさも。
とすると、何か狙ってるか?
「――ああ、そういう」
確かにそれが出来るなら、状況はかなり好転する。第二皇女は武術自体はそこまで修めていないように見えるし、勝ったようなものと言えるだろう。
難易度は高いし、博打な部分も少なからずあるけど、でもできると思ってるんだろうね。牛音だもの。
そういう部分は割と好ましい。ちゃんと傲れるだけの研鑽も積んでるから。
そんで、結界の方は、交戦中っと。あちらさんが守ってるのは、四神を象った像か。あれが結界を構成する力の経由地点兼要となってるのね。
ふむ、だいたいの様式は分かった。まだ一パターンしか見てないからすぐには応用出来ないけど、基本だけ模倣するなら十分だ。
兵たちも頑張ってるし、圧倒的に優勢。でも数が違いすぎて時間は掛かりそう。牛音や狼戦が兄弟姉妹を落とす方が早いかもなぁ。防衛のために入り組んだ地形がそれほど作用してないことだけ幸いか。
なんにせよ、盤上の戦いは解放軍が有利。最終的には指し手同士の戦いで全てが決まるにせよ、それまでも大事。官軍を名乗る以上、そして私が手を貸す以上、完全勝利でなければならない。
おっと、こっちに意識を向けてる間に牛音の方の戦況が動いた。第三皇女がその姿を焔の獅子へと変える。獅子に似た亜龍、それが狻猊だ。彼女は普段煙管からそうしているように、口から煙を吐き出し、身に纏う炎を燃え上がらせる。
彼女の吐いた煙はその兵たちを包み、守っているようだ。その煙が不意に途絶え、代わりにオレンジ色の光が洩れる。
「亜龍とはいえ、龍に連なる者か」
「児戯同然だがな」
それは即ち、ブレスの予兆だ。確かに私たち龍のそれに比べたら、遥かにお粗末な魔力の高まり。それでも、多くにとって災いであるには違いない。



