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 視線の先には、ただひと柱。
 この場で唯一、私と同じ次元で交われる女神。

 その彼女に、これで最後の遊びだと、そう告げて、新しい力を振るう。

 四方八方に、秩序なく引っ張られていたこの空間の魂力が、同じ方向を向いた。
 そのまま一気に支配権を奪い取り、私のものとする。

 私のものになっていないのは、今なお神を産み落とし続ける母の周囲ばかり。
 範囲にして、半径百メートルほどのドーム状。

 空間中の割合で言えば、一割ほどだ。

「完全に形勢逆転かな」

 この呟きの意味が分かるのは、ほんの一部だけだろうけども。

 その意味を分かりやすくしてあげよう。
 邪魔者達を排除するついでに。

 その為に選ぶ魔法は、あれが良い。
 
「有象無象の神々は、海の藻屑に」

 思い描くのは、二つの事象。
 一つは、遙かな昔、私がまだ村上竜也(むらかみたつや)の名で呼ばれる少年だった頃、家族で訪れた鳴門海峡の渦潮。
 
 そしてもう一つは、百年ほど前の記憶。
 厳島(いつくしま)の深い海の底で私を導いた、女神達の切り札。

「貴女たちの技は、思いは、貴女たちの力と一緒に、私が受け継ぐよ」

 きっと、あの三女神(さんじよしん)が願ったのは、今目の前に居る伊邪那美さんの解放だから。

 だから、ついさっき飲み込んだ彼女たちの神器が導くままに、魔法を発動する。

 途端に生み出されたのは、この空間全てを飲み込むような、巨大な水流。
 半径一キロを超える渦潮が、八百万(やおよろず)の神々をその内に捉え、押し流す。

『これ、めちゃくちゃ見覚え有るな?』
『すげえええええ』
『あれじゃん、厳島神社んとこの迷宮でハロさんが受けたやつ』
『何それくわしく』
『詳しくは、百年くらい前のアーカイブを見るんだ!』
『ほい。っ【八雲ハロ・激戦まとめ】』
『ぐう有能。ここの厳島迷宮編のラストだ』

 ふふ、懐かしい。
 あの時も死ぬかと思った。

 込められてる力は、あの時よりも数段大きいけど。

 それにさ、有象無象が耐えられる訳が無い。
 感じる気配は瞬く間に減っていって、残すは一つ。

 子らと同じく大渦の内に捕らわれながら、五体を満足に保つ天津神(あまつかみ)
 ダメージはしっかり受けているようだけど、まだまだ倒しきれない。

 それでこそだ。

 大渦が収まる。
 やはり伊邪那美は無事。

 どころか、再度神々の軍勢を生み出そうとしている。
 まさに無尽蔵の力だ。

 さすがの私も、今の大渦でそれなりに消耗したっていうのに。

「もう少し楽しんでも良いんだけど、いい加減、終わらせるね」

 リスナー達に告げながらとるのは、投擲の体勢。
 序盤の攻防で簡単に防がれたあれとは違う、本気の投擲。

 私の愛槍が一条の閃光となって、伊邪那美へ向かう。
 のみならず、この手を離れると同時に龍器共通の特性を発揮して、巨大化した。

 夜墨の巨体すら穿つ一撃だ。
 いかに伊邪那美といえど、これを無視できない。

 伊邪那美は権能の発動を止め、防御態勢をとった。

 彼女の張った幾重もの障壁は刃の鋭さと質量の暴力に耐えられず、障子紙のごとく貫かれる。
 大渦のある間に時間をかけて準備したんだ。
 これくらいの威力は発揮してもらわないと困る。

 その思いに答えるように、愛槍は白刃取りで止めようとした伊邪那美を地面に押しつぶした。

 ダメージは、大渦のものに比べれば軽微。
 だけど動きは完全に止めた。

「本命だ、伊邪那美さん。しっかり受け止めて、そして、安心して逝け」

 聞こえたかは分からない。
 けど、もう()()は決定事項だ。

 大渦の効果中に、一分強。
 伊邪那美が権能を発動しようとしてから、今までで十秒弱。

 かつて無いほどに長い、溜めの時間。

 そうして口内に溜めた力を、魔力を、解き放つ。

 瞬間、世界が白に染まった。

 限界まで収束させてなお、配信画面を埋め尽くすほどの力の奔流が、伊邪那美を飲み込まんとする。
 全身全霊で防御に徹しているようだけど、無駄だ。
 
 込めた情報は、神殺し。

 先の魔法では、曖昧すぎて密度を高めるのに相応の工夫が必要だった概念情報。
 だけど、もう工夫は必要ない。

 これだけ大勢の前で、あれだけの神々を殺したのだ。
 私そのものが、神殺しを象徴する情報源になっている。

 そう、私は現世の存在だから。
 今を生きる存在だから。

 遙か古のころに死して、時を止めた貴女とは違うんだ。

 成長するんだ。

 だから、安心して逝け。

 思いが通じたのかは分からない。
 ただ、不意に抵抗が収まった。

 光が伊邪那美を飲み込む。
 そのまま迷宮の地面を穿ち、徐々に細くなって、消える。

 残ったのは、巨大なクレーター。
 そしてその中央の人影。

「驚いた。あれで原型を留めてるなんて」

『やばすぎん?』
『第二?第三?らうんど?』
『まじか』
『え、生きてるの?』
『化け物過ぎでしょ』

 いや、あれは、原型を留めているだけだ。
 先程まであった悍ましいほどの気配を、一ミリたりとも感じない。

 地面におり、ゆっくり歩いて近づく。

 コメント欄が心配や不安の声で埋まるけど、気にしない。

「やあ、楽しかったよ、伊邪那美さん」

 槍は既に消していて、伊邪那美さんの姿がよく見える。

 目は相変わらず伽藍洞(がらんどう)で、肌も死人(しびと)のように青白いまま。
 だけど、血にどす黒く汚れた着物はボロボロで、射干玉(ぬばたま)御髪(おぐし)も、土埃に(まみ)れ艶の一つとしてない。

 それなのに、どうしてだろうか。
 初めより余程、美しく見えるのは。

 その彼女の顔が、私の方を向いた。

「ここからは、私が、私たちが引き継ぐからさ、ゆっくり休みなよ」

 仮にも、多くの神々を産み、国を生んだ大神に対して、不遜すぎる物言いかもしれない。
 けれど彼女は、そんな私に対して、静かに目を細め、口角を上げる。

 安心したのか、何なのか、静かに見守る私の視線の先で、彼女は身体を端から塵に変えていき、やがて、その身の全てを土に返した。