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 夜、満月の照らす雲の上、夜墨に乗って西へ向かう。
 つい数刻前まで見ていた戦いの昂りに、ひんやりとした夜風が気持ち良い。

 最後の仕上げは、まあ上々。
 少なくとも、支配領域全ての魂力で情報を具現化する感覚は、だいたい掴めた。

 それでも勝てるかは、正直、怪しいライン。
 
 まあ、だからこそ良いんだけど。
 本気も本気の、全力が出せるわけだし。

 あと、あんな戦い見せられて、私だけ半端は嫌。

「それにしても、令奈、凄かったね」
「ああ。たかだか妖狐の身で、頂点の一角を崩したのだ。賞賛以外に送る言葉はあるまいよ」

 うん、本当に。
 珍しく夜墨が饒舌だけど、そうなる気持ちも分かる。

「ウィンテの吸血鬼みたいにさ、別の()()が混ざってるわけでもないし、戦闘向きの能力って訳でもないのにね」

 確かに妖狐も、神通力を宿すとされ、時に神の使いや神として扱われる。
 それでも私たち龍や、(おぞ)ましい神の伝承が混ざった吸血鬼とは、その存在の格が違う。

 彼女自身の才も、戦闘よりは事務とか、軍師とか、強いて言えば司令官とか、そちら寄りだ。

 それなのに、天照さんを滅ぼすほどの力を持つに至っている。
 いったい、どれだけの研鑽を積んだのか。
 どれほどの才を注ぎ込んだのか。

「もしかしたら、一番ヤバイのは令奈かもね」
「……どうであろうな」

 濁された。
 他に気になるのがいるのかね。

 ああ、そういえば、ゼハマもいた。
 魔族の長であり、私と同じ、人の身を捨てて欲望のままに生きることを選んだ、元人間。

 彼も、魂力の支配は出来るようになっているだろう。
 それも承知で、というかそうなる事も期待して、色々と見せた。

 アイツが一番敵対する可能性が高い、つまりは私が本気を出さないといけなくなる可能性が高いから。

 まあ、不確定な未来の話は置いておこう。
 あいつも、必要が無ければ私と戦いたくないみたいだし。

 チラリと下を見れば、旧時代からは変わってしまった京都の街並みが見える。
 碁盤の目状なのは、昔からある部分。
 複雑になっている外側は、外敵を想定して最近作られた部分。

 令奈が治める街だ。

「夜でも活気があるね。妖怪が多いからかな」
「ああ。それだけでは無いだろうがな」
「何にせよ、良い街だね」

 笑顔の人が多い。
 遥か彼方を見通す龍の目が、活き活きと輝く人々を捉える。

 やはり、彼女の才はこちらにこそ優れている。
 敵対するとしたら、私がこの街を害そうとした時だけど……。

 うん、彼女と戦う未来は、来なさそうだ。

 少し残念に思いつつ、ホッとする自分にも気づく。

 その彼女は今ごろ、大迷宮の管理者としてのなんやかんやを済ませているかな。
 令奈がなるって話で決まってたし。

 後ろへ手を突いて体を少し倒し、星と月ばかり見える天を仰ぐ。

「しかし、まさか先を越されるなんてね」

 三人がかりとは言え、私の方が先に攻略出来ると思ってたんだけどなぁ。
 相手は主神だったわけだし。

 特訓終了時点ではもう予期していたけど、びっくりはびっくり。

「次は、私の番だ」

 満月へ手を伸ばし、掴む。

 主神は落ちた。
 なら次は、その前の代。

 神代七代の末たる、伊邪那美さん。
 相手にとって不足はない。

「勝つよ」

 既に遥か後方へ過ぎ去った、かつての(みやこ)へ振り返り、呟く。

 間も無く出雲。
 今ではすっかり深い森に覆われて、精霊たちと僅かな変わり者ばかりになった、神話の国。

 攻略したら、こっちに引っ越すのも良い。

 うん。
 そうしよう。

 目標の世捨て人生活には、こっちが良いし。

「着いたぞ、ロードよ」
「ん、了解。行ってくる」
「ああ。私はこのまま、のんびり待とう」

 遥か下に見える白木のお社へ向け、夜墨の頭を蹴る。

「あんまりのんびりは出来ないよ」
「フッ、それならそれで良い」

 地面に背を向ければ、口角を僅かに上げた黒龍の顔が見えた。
 私も同じ笑みを返し、もう一度体をひねる。

 さて、とりあえず最下層を目指そう。

 このまま転移魔法陣で二百五十階層へ行き、そこからは自らの足で移動する事になる。
 今の私なら、明日の夕方までには最下層へ到着出来るだろう。

 睡眠時間は必要ない。
 ひと月くらい寝なくても、万全の状態を保てる体になったから。

 ああ、そうだ、告知も出しておこう。
 普段はしてないけど、今回は寿命を目前にして待ってる人たちがいるからね。

 場所は、まぁ適当に色んな所に書き込めば良いか。
 どうせスレッドの方は思考入力できるんだし。

 明日、夕方、大迷宮攻略するよっと。
 これで良し。

 早速スレッドが盛り上がってる。
 ちょっと待たせちゃったからね。

 具体的な時間は、近づいてから。
 まだ分からないし。

 なんてやってる間に、地面だ。

 懐かしい風景のまま、不自然なほどに変わらない境内へ静かに降りる。
 静謐で神秘的な空間。

 幼い頃に感じた、夜の大社さんの恐ろしさは、今でも少し残っている。
 ここが我が家の庭になると思うと、不思議な感じ。

 いよいよ私も龍神様かな?
 なんて。

 よし、サクサク行こう。
 伊邪那美さん以外の有象無象なんて、どうでも良いからね。