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「ほい、ただいまっと」

 地上付近まで降下した夜墨(やぼく)の上から飛び降りて、直接玄一郎(げんいちろう)さんの家の庭に着地する。
 出迎えてくれたのは、彼を手伝う四人の精霊たちだ。

「おかえりなさいませ、龍神様、皆様方。玄一郎は居間で休んでおります。ご案内しますね」
「うん、お願い」

 火の精霊のお姉さんに連れられて、今朝も通された部屋へ入る。
 玄一郎さんは炬燵で菓子受けを前に置いて茶を啜り、(くう)を真剣な眼で睨んでいた。

「戻ったで」
「ずいぶん早かったな」
「そりゃあね」

 百五十年前の私でも倒せた相手だ。
 この三人で苦戦するはずがない。

 とは言え、出発してから数時間もせずに戻ってくるのは非常識な部類か。

「で、モノは?」
「これや」

 令奈(れいな)が自身を象る魂力から実体化させた酒樽で、古木の床が鳴る。
 蓋を円く切って開けると、中から芳醇な米と酒精の香りが漂ってきた。

「コイツが……。スゲェな、馬鹿みてぇな魔力密度だ」
「余ったら飲んで良いよ。いや、飲んでから作業に移ってもらった方が良いかな?」

 強引に飲んだ者の魂、即ち魂力の器を強化するものだからね。

「有難い。依頼にはこの半分もあれば十分だ」

 なんだろう、表情も声音も特別変わったわけじゃ無いのに、すごく嬉しそうな気配を感じる。
 仲良くなれそう。

 ……二人とも、そのジトッとした目は何かな?
 私悪いことシテナイ。

「早速もらおう。一緒にどうだ?」
「じゃあ遠慮なく」

 いつの間にやら精霊のお姉さんが柄杓とコップを持って来ていて、そのまま注いでくれた。
 ちょっとお行儀悪いけど、四つん這いでそれを受け取りに向かう。

 元の位置には、戻らなくて良いか。

「私はやめとくわ」
「私も遠慮しておきます」

 あら、勿体無い。
 これ美味しいの、二人も知ってるのに。

「そない強い酒、真っ昼間から飲めるかいな」
「私たちは特別お酒に強い種族ってわけじゃないですからね?」

 それもそうだ。
 度数で言えば五十は超えてるだろうし。
 
 玄一郎さんも納得したらしくて、頷いている。

「それじゃ私たちだけで。乾杯」
「ああ」

 互いに(さかずき)を軽く掲げてから呷り、グビグビ喉を鳴らす。
 引いたような目で見てくる目が二対ほどあるけど、まあ気にしない。

 うん、美味しい。
 なんて舌鼓を打っていると、横で同じように呷っていたドワーフの魔力が膨れ上がった、

「精霊たちも飲みなー?」
「そうしろ。必要だ」
「では、お言葉に甘えて」

 精霊たちはそもそもアルコールが毒にならないから、酔いはしない。
 けれど味は分かるし、コレに含まれた膨大な魔力の影響も受ける。

 酔えないのを勿体ないと思う人も居るかもしれないけど、精霊たちにはそういった欲自体あまりないからね。

「先に飲んで良かったでしょ?」
「ああ。これなら、考えていた最高のモンが作れそうだ」

 あと美味しいもの食べたら気分上がるしね。

「ただ、ちと気が荒いな。黒龍様の(たてがみ)を使ったとしても、とんだじゃじゃ馬になっちまう」

 ふむ。
 確かに、この火酒が孕む魔力はかなり荒々しい。
 八岐大蛇(やまたのおろち)の気質が影響してるのかもしれないけど、これが情報として入り込んだら扱いづらくなっちゃうだろうね。

「どうにか鎮めるか、せめて力の方向を整えてやらないけん」

 ふむふむ。
 出雲弁久しぶりに聞いたな、じゃなくて。

 コレを鎮めるかぁ。
 伝承に(なぞら)えるなら、素戔嗚(すさのお)さん由来の何かが良いのだろうけども。

 そんなものあったっけなぁ……。

「あっ」

 良いものあるじゃん。
 上手くいくかは知らないけど、ものは試しってことで、ほいっ、ちゃぽーん。

「おお、効果覿面(てきめん)

 あっちこっち向いて暴れ回っていた魔力が、目に見えて落ち着いた。

 訝し気に玄一郎さんの見つめるのは、酒の底に沈んだ紫の宝玉。
 大きさはビー玉や十円玉の直径よりも一回り大きいくらいだ。
 
「この紫玉(むらさきだま)は何だ」
宗像三女神(むなかたさんじよしん)のドロップ品」
「あの時のか……」

 宗像三女神は素戔嗚さんの剣から生まれた存在だ。
 八岐大蛇の気を鎮めるにはうってつけだろうって思ったら、案の定だったね。

「鎮まり切っとるな。導くような力も感じる。方向性も与えてやったが良いかもしれん」

 ふむ。
 女神自身の権能が影響してるのかね。

 方向性を与えるってなると、まあ令奈の情報が入れば良いかな。
 あとは適当に上手くやってくれるでしょう。

「……血あたりか?」
「コレでええか?」
「……話が早すぎるな。助かるが」

 うん、令奈さん、方向性もーくらいでスパッと指切ってたね?
 流石です?

 飲む分だけを取り分けて、作業用に令奈の血を落とす。
 それだけなら綺麗な(くれない)(ぎよく)だけど、火酒の中へ落ちるとすぐ溶けて、その色を失ってしまった。

 同時に、火酒の中の力がひとつ方向に渦を巻く。
 三女神の遺した神器は、間違いなく彼女の望む方向へ導いてくれているらしいね。

「あとは、俺の仕事だ。次はいつ来れる?」
「一週間は無理やな。それ以降なら調整出来るで」
「そんな直ぐにはできん。そうだな、二週間後に一度来てくれ」

 調整の為だとはいえ、二週間でも早い気がするけどね。
 素材が素材だし。

「送る?」
「ええよ」

 ふむ。
 じゃあ()()()まで新武器お披露目はお預けか。

 ()()為に作ってるんだろうし、彼女の完成度なら、()()なると思う。

 何にせよ、話は纏まったね。
 色々名残惜しいけど、この辺でお暇しようか。

「ほな玄一郎はん、よろしゅう」
「ああ」

 彼ならきっと、面白い鉄扇を作ってくれる。

 それはそれとして、今度お酒持って遊びに来ようかな。
 ガッツリ人付き合いする気は無いけど、今の世界の仕組みについて、職人の視点を知りたい。

 決して、お酒を飲む口実が欲しいわけではない。
 無いったら無い。

 まあ、伊邪那美(いざなみ)さんに勝った後の話。
 今は兎に角、特訓だね。