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「ふぅ」

 食べた食べた。
 もうすぐ二日目の夕方だけど、皆が寝る時間以外はずっと食べてたよ。

 なんなら前夜祭の日は日付が変わったタイミングで獣王の開会宣言があったから、ほぼ丸一日食べ続けていたと言っても良い。

 いやぁ、私ってこんなに食べられたんだね。
 今日だけでいくら使ったか分からない。

 こういう時配信で稼いでてよかったって思うよ。

 あと、どこぞの配信者が作ってるって木彫りの置物も買ってみた。
 龍らしい姿に変化した私と、夜墨の像。

 件の配信者が巨人なだけあってけっこう大きいから、二つを軽々と持ち挙げた時巨人の店主さんから凄い目で見られたけども。

 なお、少し離れたところで完全に気配を消して収納したので、今は手ぶらです。
 良い方法を教えて貰ったよ。

「さて、それじゃあそろそろ行こうか」
「ああ」

 今から向かうのは、例の巨大闘技場。
 今日は朝から闘技大会が開かれてるはずだから。

 大会は予選に何グループかでバトルロワイヤルをして人数を絞った後、トーナメント形式で本戦という形らしい。
 バトロワでかなり絞るらしいから、毎年夕方くらいに優勝者が決まるんだって。
 ここから歩いて向えば、ちょうど良いくらいに着くはず。

「あ、ソフトクリームだって。食べる?」
「当然だ」

 ……ちょっと急ぎ足で向かって、寄り道する時間も作らないと。
 気になるものが多すぎる。


「なるほど、それでこんなギリギリになった上に、両手いっぱいに食い物を抱えている訳か」

 闘技場の、選手入場口で私を睨む熊が一人。
 
「うん、そういう事」

 その視線の先でりんご飴を舐めるのは、私と夜墨。
 
「少しは悪びれろ」

 何故私は獣王に怒られているのか。
 巨人の王も横で頷いてるし。
 解せぬ、ことは無いね、うん。

 はい、私が悪いです。ごめんなさい!

 気を取り直して。

「それでは改めて! 優勝を勝ち取った矢吹(やぶき)選手に拍手をお願いします!」

 司会の人が拡声器で叫ぶのに合わせて、闘技場中の人が矢吹選手とやらに祝福を送る。
 広い闘技場の中央にいる狼獣人の彼が今回の優勝者みたいで、腕には大きなトロフィー、傍には商品らしき食べ物や装飾品の山があった。

 うん、もう王二人からの表彰も商品の受け渡しも終わったってタイミングで漸く来たんだ、私。
 本当はもっと早く来て打ち合わせをする筈だったのに、それは怒られる。

「それでは、これを以て今年の闘技大会は終了、ですが!」

 打ち合わせ、つまり、この後の催しには私も参加する。

「では、先に行くぞ」
「ハロさん、派手に頼むぜ!」

 闘技場内へ歩いていく二人の背を見送りながら、私は気配を完全に消し、急いで外へ出る。

「メインイベントはここからです! ああ、まさかこんな日が来るなんて、私も思っていませんでした! 司会進行と実況なんて、全て投げ出して観戦したい!」

 割と本気っぽい声を聞きながら、上空へ。
 
 王二人が闘技場内に再び姿を現したことで、観客席がざわついた。
 王同士の戦いか、という声が聞こえたけど、司会が否定する。

「嘗て手を取り合い、始まりの聖戦を戦い抜いた、我らが二人の王。今夜、その雄姿が再び蘇ります! 両陛下が挑むのは、このお方だ!」

 出番だね。
 隠形を解き、ついでに雷を鳴らす。

 急に姿を現した天を覆わんばかりの黒龍と、その頭上の私に、観客席が再びざわついた。

「人々に聖戦の訪れを宣告し、導き、そして救った偉大なる英雄! 普段は親しみやすい配信者として有りながら、聖戦の折にはその威厳をこれでもかと見せつけた、美しき絶対強者!」

 観客席を含めた闘技場全体をかるーく、本当に軽く、威圧する。
 思った以上に持ち上げてくれるから、私もちゃんと盛り上げないとね。

「龍神! 八雲ハロ! あぁっ、これが何度も繰り返し見た()()()()()リアルバージョン! ちょっと私、興奮しすぎて仕事を忘れそうです!」

 大げさだなぁ。
 ていうか、龍神って。

 まあいいか、飛び降りよう。
 着地は、ゆっくりね。

「さあ、我らが祖王は、麗しき龍の祖神を相手にいかなる戦いを見せてくださるのか! ルール説明なんてまどろっこしいモノは無しです! 観客の皆さま、この歴史を、神話を、是非ともその目に焼き付けてください!」
「うおおおおおおおっ!」

 結局仕事を放棄した司会の言葉に、観客席が湧く。
 獣王は蟀谷(こめかみ)を抑えるものかと思っていたけど、案外で気にした様子はない。
 寧ろ焦げ茶の瞳をぎらぎらと輝かせながら私を見ている。

「それでは! 試合、開始です!」

 まず飛び出したのは、革の鎧に身を包んだ灰の熊獣人。
 熊ゆえのスピードを活かして、肉薄してくる。

 デザインの違う革の鎧でハンマーを持つ巨人の王に対して、彼は素手だ。
 武器は自前の爪で十分という事かな。

 応戦する私も無手。
 刃を潰した武器なら使えるけど、残念ながらそこらの得物じゃ私の魔力に耐えきれない。

 そんな訳で、使えるのは体術と、魔法だけだ。

「物凄いスピードで飛び出した獣王様! そこへ、ハロ様の雷が降り注ぐ! だが避ける避ける! さすがは獣王様です!」

 本当によく避けるね。
 発動前に察知してるのは、獣の勘かな?

 普通の熊でも直線なら車と同じくらいのスピードで走れるけど、彼はジグザグでも速い。

「おっと、危ない」

 ちゃんと鱗の無い辺りを狙ってくるなぁ。
 しかも急所に入るように。

 そのあとの攻撃も全部そうだから、怖い怖い。

「ラッシュラッシュラッシュラッシュ! 獣王様、止まりません! 私、一応動体視力が良い種族の筈なんですが、腕がいくつにも分身して見えます!」

 確かに速い。
 けど、これくらいじゃ当たらない、なぁっ!?

「掠った! 掠りました! 獣王様の蹴りが、涼しい顔で避けていたハロ様の脇腹を掠めました!」

 びっくりした。
 気配全くなかったんだけど。

 さすが元マタギ。
 気配の使い方がうますぎる。

 しかも、相手は彼だけじゃないんだよね。

 私を覆う影に見上げると、どんどん空が狭くなっていく。
 巨人の王の鎚だ。

 二人とも膂力に優れるのは間違いないが、スピードと気配の操作で逃げ場を潰してくる獣王と、面の攻撃で逃がさない巨人の王。
 似ているようで違う。

 面白い。

「直撃! 直撃だ! 巨人の王四郎真(シロマ)様の巨鎚が、ハロ様を捉えた! これは流石のハロ様も、って、受け止めている!?」

 衝撃に地面が陥没し、砂煙が舞う。

 凄い力。
 素の膂力だけなら、鬼秀よりありそう。

 種族的に魔力が少ない分、そうなったんだろう。
 まあ、始祖である彼だけは割と例外だけど。

「フンッ!」
「このまま潰すって? それは、ちょっと勘弁、かな!」

 巨人の王に倣って、込める魔力を増やす。

「なぁっ!? 本当に意味が分かりません! 何であの体格差で、軽々受け止められるのか! 押し返せるのか!」

 大きく弾き上げられてバランスを崩した彼に追撃、は無理っと。
 死角から獣王の突進してくる気配を感じた。

 その彼の腕を取り、一本背負いのようにして投げる。
 けっこう勢いよく投げたつもりだったけど、獣王は当然のように空中で身を翻し、着地した。

「な、なんか色々凄い! 速すぎて見えない部分も多々あります! ちょっと実況やめて観戦に集中したらだめですか!?」

 うん、司会実況の人の欲望が駄々洩れすぎる件。

 それは良いとして、さすがだね。
 十分強い。

 でも、まだまだ本気を出すまではいかないかな。

「どうしたの? 私は一人だよ?」
「フンッ、言ってくれやがるな」
「挑発なんてされなくても、やってやらぁ!」

 そうそう、その調子だ。
 先ほどよりも早く、強い。
 強化の度合いも上がっている。
 
 ハンマーの横なぎは伏せて躱し、そこを突いてきた爪は尾で弾く。
 かと思えば気配のない二撃目が頬を掠めた。

 垂れ、口に入った鉄の味に、口角が少し上がる。

 攻撃をさばいては反撃し、追撃を阻止されてまた弾く。
 何度も繰り返される攻防。
 いくつかは避け損ねて、細かな傷が増えていく。

 だけど、決定打には程遠い。

「偶にはこっちから行くよ」

 鎚を搔い潜って巨人の王の間合いの内側に入る。
 そして、突き。

四郎真(シロマ)!」

 巨体が浮き、吹き飛んだ。
 彼方の闘技場の壁に激突してようやく止まった彼の革の胸鎧には、はっきりと拳の跡。

 骨を砕いた感触はあったね。

 再び追撃を封じようと動く獣王へ尻尾の一撃。
 鞭のようにしなった白尾が獣の王の腹を打つ。

 熊だけあって頑丈そうだったけど、だったらそれを貫通できるだけの力で殴ればいい。

「ガハッ……!」

 悶絶しながらも鋭い眼光を向けてくる獣王の側頭部に、蹴り。
 地面を転がって、そのまま動かなくなる。

 まず一人気絶。

 巨人の方を見ると、荒く息を吐きながらどうにか立ち上がった所だ。
 けど、もう一回横になって貰おうかな。

 思いっきり地面を蹴って百メートル以上の距離を詰め、縦に一回転。
 脳天へ踵を落とすと、巨人の王の頭は地面へめり込んだ。

 着地して様子を見るけど、動き出す様子はない。
 うん、私の勝ちだね。

「……ハッ! 決着です! つ、強い! 強すぎる! これが神と崇められるお方の実力か!」

 しばらく静かだと思ったら、本当に観戦に集中してたのか。

 突然の決着に実況含め、観客たちが湧き上がる。

「我らが王の動きをどれだけの人が認識できたのでしょう。だがしかし、ハロ様には届かなかった! これ程までに強いお方の戦いが生で見られるなんて……。私、もう死んでも良い!」

 うん、また凄いこと言ってる。
 大丈夫かな?

 とりあえず、二人を回復しつつ司会さんの所へ。

「拡声器、借りるよ」
「ふぁ、ふぁい!」

 ハロ様に話しかけられたってぶつぶつ繰り返してる司会は置いておいて、言うべきことを言おう。

「獣王と巨人の王の民たちよ! 誇れ! 私に傷を付けられる者は、従者にして眷属である夜墨の他、片手で数えられる程しかいない!」

 他は、鬼秀とウィンテさんだけ。
 魔法主体のミヅチや令奈さん、隠神刑部(いぬがみぎようぶ)は能力相性的に無理。
 赤竜もなんだかんだで魔法よりだし、あとはゼハマが分からないくらい。

「貴方たちの王は、世界有数の強者だ!」

 どうにか起き上がった二人の王へ向けて歓声が上がる。
 そして、湧き上がる獣王及び巨人王コール。

 うん、大丈夫そう。
 向こうからの提案を受けた形ではあるけど、これで彼らの統治に支障が出来てはいけない。
 もっと発展して美味しいものを供給してもらわないと。

「両国は、二人の王がその玉座にある限り、繁栄が約束されるであろう!」

 こんなものか。

 さて、退場して上の夜墨と合流したら食べ歩きに戻ろう。
 この後二人の子ども達と奥さんを紹介してくれるって話だったけど、あの様子じゃ今日は安静にした方が良い。

 けっこう思いっきり頭蹴ったし。

「民たちよ! それじゃ、また配信でね。おつハロー」

 ファンサもしっかりね。
 収入源収入源っと。

「はい、ただいまっと」
「ああ、少しは楽しめたようだな」
「まあね」

 色々制限された状態ではあったけど、上位の強さを持った始祖として申し分ない才と研鑽を感じたよ。
 どこぞの小娘とは大違いだ。

「じゃ、食べ歩きに戻ろうか」
「ああ、と言いたい所ではあるが、戦争が始まったようだ。どうする?」

 おっと?
 まだ途中なのに。

 けど、ウィンテさんの家族の事は気になるんだよね。
 それに、なんか微妙に嫌な予感がする。

「仕方ない、そっちに行こうか」
「ロードが望むなら」

 最悪の事態になってなければ良いんだけど。