荘厳なパイプオルガンの音が、白い礼拝堂に響いていた。

 日曜の朝。
 子供たちが集まる合唱団は、清らかな声で賛美歌を練習していた。

 その影。祭壇の裏で、小さな男の子が肩を震わせていた。

 やわらかな金髪に青く澄んだ瞳。まだ幼いアルジャーノン・フォーセット=レイヴンズデイルだった。

「……っ」

 小さな手でぎゅっとローブを握りしめている。

 さっき。歌の音程がずれてしまっただけで、お父様に「精神が弱い」と叱責された。

 それが、あまりに悔しくて、悲しくて──涙を堪えきれなかった。

 そんな彼のそばに、ふわりと影が落ちた。

「アルジー?」

 にこにこ笑いながら近づいてきたのは、ブラウンヘアの、いたずらっぽい美少年──レジナルドだった。

「……みるな、レジー」

 アルジャーノンは、ぷいっと顔を背けた。レジナルドは、くすっと笑った。

「アルジーは、がんばりやさんだね」

「……がんばってなど、いない……」

 むくれながらも、震える声。

 レジナルドは、そっとアルジャーノンの手を握った。小さな手、冷たい指先。

「ぼくは、アルジーのこと、かっこいいって思ってるよ」

「……っ、なぜだ」

「がんばってる姿、ちゃんと知ってるもん」

 レジナルドは、きらきら笑った。太陽みたいに、あたたかく。

 アルジャーノンは、目を見開いた。

 そして──

「ありがとう、レジー……!」

 しゃんと顔を上げ、笑った。

 満面の、太陽みたいな笑顔で。

 レジナルドは、その瞬間──小さな胸の奥に、ふわりと、あたたかい何かが灯るのを感じた。

(……かわいい)

(……すきだ)

 そう、初めて思った。

 まだ「恋」という言葉を知らなかったけれど、レジナルドは、確かにその瞬間──アルジャーノンに、恋をした。



 ノートをめくる音が静かに響く。

 図書室の隅、チャド、章吾、レジナルド、アルジャーノンが勉強していた。

 ふと、章吾がぼそっと呟いた。

「なあ、レジナルド。おまえとアルジャーノンって、いつから知り合いなんだ?」

 レジナルドは、楽しそうに笑った。

「アルジーと僕? 小さいころからだよ。ほら、家族ぐるみの付き合いだったから」

「へぇー」

 章吾は気軽に相槌を打ったが、レジナルドはさらに爆弾を落とす。

「アルジー、昔は泣き虫だったんだよ? 礼拝堂の影で、よく泣いてたなぁ」

「っ」

 アルジャーノンは、珍しく頬を赤く染めた。

「……くだらん話をするな、レジー」

「ふふ、だって可愛かったんだもん」

 にこにこ。天使の微笑み。

「……おまえ、アルジーが好きだったのか?」

 章吾が苦い顔で問いかける。
 レジナルドは、まるで当然だというように頷いた。

「うん。あのとき、アルジーが僕に満面の笑みを向けて──それで、恋に落ちちゃったんだ」

 章吾、即死。

「はぁ!?ちょ、待て待て待て!!!」

 図書室に、章吾の絶叫が響く。

「なんだその運命みてぇなエピソードは!!ふざけんな!オレ知らねぇぞそんな話!!」

「だって、Hiwatari君には話してなかったもん」

 レジナルドは、けろりと笑う。

「大事な思い出だからね、僕とアルジーだけの」

 章吾は、地面に転がる。

「ぐぅぅぅ!!おまえら、なんなんだぁぁ!!」

「……くだらん」

 アルジャーノンは、ふっと目をそらす。

 が、その耳は赤かった。

 レジナルドは、章吾のジタバタを見ながら、にっこり満足そうに笑った。

(やっぱり、可愛いものは、昔も今も、変わらないね)

 心の中で、そっと呟きながら。

 ──そして章吾は、その夜ずっと、アルジャーノンを独占すべく、必死で勉強を手伝う羽目になったのだった。