『新入生代表、赤石基樹』

 はいっ、と言う堂々とした声が体育館いっぱいに響き、びくっとした。

 ただでさえ人より小さいのだけど、この日は存在が消えてくれることを切に願いながらさらに小さく見えるように立ち、緊張も加わった状態でびくびくしていた。

 何もせずただ立っているだけなのに今にも胃液が出てきそうなほど気持ち悪く胸の鼓動が早くなっているのに、人前に立たされて新入生の代表として挨拶までさせられる人を気の毒に思った。

 きっとあいうえお順なのだろうけど、前でも後ろでもない苗字でよかったと心から思った。

 だけど、まわりがざわっとして、その人がただただ同学年で一番初めに始まる苗字だから選ばれたわけではないことが見て分かったのはそのすぐあとのことだった。

 そっと顔を上げた先で、大きなスクリーンに映った彼の芯の強い切れ長の瞳と目が合った……気がした。

「失敗を恐れず、常に前向きに、新しい自分を見つけていきたいと思います」

 その圧倒的な存在感は目を奪われるのには十分な迫力があり、意気揚々と語る彼の言葉がまったく耳に届かなかったくらいだ。

 窓の外で咲き乱れる満開の桜の色も相まって世界が淡い薄紅色に包まれていくのを感じた。

 のちに、その人間とはいつも行動を共にする遠慮のない関係になっていくのだけど、春になると必ずあの光景を思い出したし、桜を見ると彼の姿が脳裏に浮かんだ。

 もちろん、彼には言ったことがない。

 なんだか惚れた弱みと言うか、言ったら負けたような気がしてなかなか言えなかったし、そんな機会もなかった。

 きっとこれからはさらに言うことがないのだろうけど、思えばあれは、わたしの遅い初恋の始まりだった。