「ねぇ、基樹……毎日大変だと思うから、たまにでいいんだからね」

「別に、好きでやってることだから」

 あの日から、変わらずに基樹はいつどこにでもついてきてくれるようになった。

 まわりから『過保護の基樹くん』と笑われても、そんなからかいは平然と跳ね除けて彼は気にせずにわたしについてくれた。

「笑子が居心地悪いなら考えるけど」

「や、そういうわけじゃないけど……」

 それに、またその呼び方……と、言いかけて、わたしはわたしでまんざらでもないためこっそり口もとが緩みそうになったのを必死に堪える。

 あの事件以来、基樹と少しずつ会話をすることが増えた。

 わたしたちはずっと、お互いに気ばかり使って、大切なことを話すことから逃げていたように思う。

 不幸中の幸いで、良いきっかけになったのかもしれない。

「基樹、大学はどこに行くの?」

 空いた時間も一緒に参考書を開く機会が増えた。

 だからこそ、ずっと今までは聞けなかったことだって素直に聞けるようになった。

「外国語大学とか、考えてるの?」

「……スペイン語はもう勉強してないよ」

「そ、そうなの?」

 やっぱり知ってたのか、というように笑って、基樹がうなずく。

「あ、言っとくけど、中学生の基樹くんよりはちゃんと文法もわかってるはずだから」

「知らなかったから」

「ずっとサッカー選手になりたかったし、スペインにも留学したいと思っていたけど、今の俺の技術じゃまだまだ到底世界には及びそうにないから。堅実に生きていくことを選ぶよ」

「そ、そうなんだ」

「近くで応援もしてほしいし」

「え?」

「いや、笑子は?」

「わ、わたしは……未来への希望はないんだけど、将来の夢を探しに大学には行きたいなって思ってる」

「うん」

 塾にも通い始めて、受験勉強という名目で勉強も始めたのだからお互いに大学へ進学することはわかっていたはずなのに、わたしたちはこんな会話すらできていなかった。

「け、県外に行っちゃうの?」

「行ったら、ついてきてくれるの?」

 からかうように笑う基樹にいささかムッとしながら「き、聞いただけ……」と答える。

「県内のつもりだよ。家から通いたい」

「そ、そっか」

 それを聞いて、少しだけほっとする。

「べ、別に、離れてたって会いに行くから問題ないけどね。わたしは過去の基樹にだって会いに行った人なんだから」

「……はは、笑子が言うとリアルだな」

「覚悟してよね。過去にでも未来にでも訴えかけにいくから」

「待ってるよ」

 柔らかな笑顔を見せる基樹には相変わらず敵いそうにない。

 三年前の彼はまだ可愛げあったのに。

 これからの未来からまた過去に戻ってもどんどん余裕をまとった彼と出会うことになっていくのだろう。

 それはそれでさみしいような。

「離れてたら、笑子の方がいろんなやつからちょっかいかけられそうで怖いけど」

「そ、そんなことない」

「どうだか。最近、俺がすさまじく嫉妬深い彼氏だと思われてるけど」

「それこそどうだか。もっと嫉妬してくれてもいいくらい」

「ま、そんなこと言って、知らねぇぞ」

 そっと抱き寄せてくる基樹に、わたしも身を寄せる。

 わたしたちの未来はわからない。

 これからだってまた、何が起こるかわからない。

 間違えることだってあるかもしれない。

 それでも、この人とはこれから先も、ずっとともにありたいと切に願う。

 間違えたって、わたしなりの道を見つけたい。

 今という時間を後悔のないようしっかり生きて、自分なりに選び抜いた先の未来へ最高のバトンを繋いでいきたい。

 ひまわりが咲くあの季節に起こった、あの奇跡を忘れないように。

 わたしたちは一歩一歩、前を向いて歩いていきたい。