「ふぅ」
大きく息を吸い込むと、蒸せそうになるほど生ぬるい空気が肺に広がったのも束の間、徐々に冷静さが蘇ってきた。
(現実主義者だと思ってたのにな……)
少しずつ心が落ち着いていくのと同時に、目に見える世界が少しずつ広がっていき、思わず苦笑してしまう。
まだまだ知らないことはたくさんある。
すべてをわかったつもりでいた自分につきつけられた現実はあまりにも刺激的で信じがたい出来事だった。
人生はサバイバルだ。
いつも手探りで新しい発見がある……とかなんとか、どこかの実業家の書いた自己啓発本で読んだような気がするけど、敷かれたレールの上をいかに賢く生きていけば良いかばかり考えて前に進んでいたわたしには無縁の言葉だと思っていた。
ある意味この状況はなにかを試されているような気がしてならなかった。
目の前で頭を抱えてしゃがみこむ中学生を意外と冷静に眺めていた。
「ぜ、絶対にありえねぇ……」
彼はまだ同じ言葉を繰り返していた。
いつもは余裕綽々で涼しい顔をしている彼にしては珍しく、なかなか見慣れないその姿は違和感でしか無かったけど、そんな姿にいい気味だ……と思うよりも、だんだん諦めの方が勝り始め、ため息が出てきた。
わたしは、数時間前、三年間の月日を共にしたこの人に別れを告げられたばかりだった。
赤石基樹。
中学に入学してすぐに心を奪われ、恋に落ち、好きで好きでたまらず、それでも目で追うのが精一杯で、ようやく恋が実るまで恋が実るまでずっとずっと長きにわたって片思いをしていた相手でもある。
ここ数か月、お互い来年の受験に向けて塾に行き始めたりなんだかんだと予定が合わないことが増え始め、会うことも少なくなり、会えば会ったケンカばかりで、そろそろ潮時なんじゃないかと思い始めた頃、思ったよりも早く、その日がやってきた。
好きな人がいる。
あっさりした言葉だった。
一瞬、周りの世界が色を失った気がした。
呼び出しておいてなかなか来ない彼を待つ間に、きれいだなと目を向けていたひまわりが咲き誇る美しい公園の景色でさえ、目に入らなくなった。
(好きな人だぁ?)
何をまぁ堂々と開き直ってるんだこの男は!なぁんて思ったりもしたけど、案外すんなり受け入れられた自分に驚いた。
いや、それらすべてを覆す言葉を探すため、瞬時に思考を巡らせたけど、強い眼差しでこちらを見つめる彼にはもう、何を言っても無駄だと心のどこかでわかっていたからだ。
言い返すことなく「そう、わかった」とだけ返答したわたしがいた。というか、それ以外に何と返答したらいいかわからなかった。
もともと終わりも見えていたし、わたしだって遅かれ早かれいつかはこの日が来るだろうと思っていた。それに今の自分ならすぐにでも新しい相手が見つかるだろう。
ただ一つ許せなかったのは、自分がふられたという事実だった。
今までありがとな、なぁんて淡々と言い放ち、この男は背を向けて颯爽と去って行ったけど、その少しあとで自分の中で突然ふつふつと湧き上がる何かを感じた。
これは怒りだ。
別れを告げられた。頭では冷静に理解しているつもりでも、胸の奥に隠れる苛立ちを鎮めることはできなかった。
「本当、俺、あんたのこと知らないんですけど……」
(まだ言うか)
そう思ったけど、中学生の基樹は、今と変わらない強く輝く黒い瞳をわたしに向けた。
どれだけ困惑した様子で訴えかけてきたって同情なんてするものですか。
わたしはこの人に仕返しをすることを決意したのだ。そう、三年の時を超えて。
大きく息を吸い込むと、蒸せそうになるほど生ぬるい空気が肺に広がったのも束の間、徐々に冷静さが蘇ってきた。
(現実主義者だと思ってたのにな……)
少しずつ心が落ち着いていくのと同時に、目に見える世界が少しずつ広がっていき、思わず苦笑してしまう。
まだまだ知らないことはたくさんある。
すべてをわかったつもりでいた自分につきつけられた現実はあまりにも刺激的で信じがたい出来事だった。
人生はサバイバルだ。
いつも手探りで新しい発見がある……とかなんとか、どこかの実業家の書いた自己啓発本で読んだような気がするけど、敷かれたレールの上をいかに賢く生きていけば良いかばかり考えて前に進んでいたわたしには無縁の言葉だと思っていた。
ある意味この状況はなにかを試されているような気がしてならなかった。
目の前で頭を抱えてしゃがみこむ中学生を意外と冷静に眺めていた。
「ぜ、絶対にありえねぇ……」
彼はまだ同じ言葉を繰り返していた。
いつもは余裕綽々で涼しい顔をしている彼にしては珍しく、なかなか見慣れないその姿は違和感でしか無かったけど、そんな姿にいい気味だ……と思うよりも、だんだん諦めの方が勝り始め、ため息が出てきた。
わたしは、数時間前、三年間の月日を共にしたこの人に別れを告げられたばかりだった。
赤石基樹。
中学に入学してすぐに心を奪われ、恋に落ち、好きで好きでたまらず、それでも目で追うのが精一杯で、ようやく恋が実るまで恋が実るまでずっとずっと長きにわたって片思いをしていた相手でもある。
ここ数か月、お互い来年の受験に向けて塾に行き始めたりなんだかんだと予定が合わないことが増え始め、会うことも少なくなり、会えば会ったケンカばかりで、そろそろ潮時なんじゃないかと思い始めた頃、思ったよりも早く、その日がやってきた。
好きな人がいる。
あっさりした言葉だった。
一瞬、周りの世界が色を失った気がした。
呼び出しておいてなかなか来ない彼を待つ間に、きれいだなと目を向けていたひまわりが咲き誇る美しい公園の景色でさえ、目に入らなくなった。
(好きな人だぁ?)
何をまぁ堂々と開き直ってるんだこの男は!なぁんて思ったりもしたけど、案外すんなり受け入れられた自分に驚いた。
いや、それらすべてを覆す言葉を探すため、瞬時に思考を巡らせたけど、強い眼差しでこちらを見つめる彼にはもう、何を言っても無駄だと心のどこかでわかっていたからだ。
言い返すことなく「そう、わかった」とだけ返答したわたしがいた。というか、それ以外に何と返答したらいいかわからなかった。
もともと終わりも見えていたし、わたしだって遅かれ早かれいつかはこの日が来るだろうと思っていた。それに今の自分ならすぐにでも新しい相手が見つかるだろう。
ただ一つ許せなかったのは、自分がふられたという事実だった。
今までありがとな、なぁんて淡々と言い放ち、この男は背を向けて颯爽と去って行ったけど、その少しあとで自分の中で突然ふつふつと湧き上がる何かを感じた。
これは怒りだ。
別れを告げられた。頭では冷静に理解しているつもりでも、胸の奥に隠れる苛立ちを鎮めることはできなかった。
「本当、俺、あんたのこと知らないんですけど……」
(まだ言うか)
そう思ったけど、中学生の基樹は、今と変わらない強く輝く黒い瞳をわたしに向けた。
どれだけ困惑した様子で訴えかけてきたって同情なんてするものですか。
わたしはこの人に仕返しをすることを決意したのだ。そう、三年の時を超えて。



