「……その子と基樹がうまくいったら、この世界では基樹とわたしは出会わないかもしれないね」

 基樹が無事でいてくれるのなら、それならそれでも良いとさえ思えてきた。

「橋田とは……話したことがないから」

「えっ?」

「どうなるかはわかんねぇけど」

 恥ずかしそうに手の甲で口元を覆った基樹に時が止まったのを感じる。

「えっ……、あ、あんた……ちょっと……まさか……」

 うそでしょ……同じ言葉が脳内を回る。

「は、橋田さんのことが好きだったの?」

(は、橋田って……あ、あの……)

 思わず基樹と花壇を見比べて、あんぐりしてしまう。

 ひ、ひまわりという印象とは、失礼ながらあまりに無縁のような。

「あ、あの……お花をよくいじってる……」

 下手なことを言ったら怒らせてしまいそうだけど、それでも的確な言葉が見つからない。

「か、花壇にいる……」

「そうだよ、悪いかよ」

 赤くなった基樹に、目を疑う。

(う、うそでしょ……)

「い、意外だったんだけど。い、いつから……」

 タイプが全然違いすぎる。

「ほら、エマもからかう。バカにするんだったら、言いたくない」

 未来の俺に聞いて!とひどく拒絶される。

「や、否定したいわけじゃないの。ちょっと驚いたというか……」

 基樹の中で、彼女の存在はないものだと思っていた。

 先ほど見た分厚いメガネの女の子に、この明らかに女の子慣れしています!と言わんばかりにキラキラと輝く男が片想いをしているなんて現実、誰が信じるだろうか。でも……

「応援してるよ」

 この基樹には言わないけど、彼女も基樹のことは好きだ。

 でなかったら、毎日毎日グランドの見える花壇に居座ることはないだろう。

(羨ましいな……)

 心の底からそう思ってしまった。

「え、エマ」

 基樹の声が聞こえて、はっとする。

「え……」

 まばゆい光がわたしの足もとからつづんでいるように見えた。

「こ、これ……」

 暖かい。そんな光だ。

「まさか……」

「エマ……俺は……」

 基樹の唇が動いたのが目に入った。

 彼は何か言いかけた気がする。

 でも、聞こえない。

 くいしばった口元がわなわな震える。

「も、もと……」

 絶対に見られてはいけないと下を向く。

 直感で、これが最後だとわかった。

 きっともう、彼を前に笑うことなんてないだろうのに、わたしは彼の顔が見られない。

 最後だから、叶うことならいっぱい笑ってお別れしたいのに。

 自分の足元が見えて、「ああ、本当にいつも肝心なときは下ばっかり向いてるんだ」と朦朧とした頭で思う。

 遠くで、基の声がする。

 ところどころが途切れた声が耳に届く。

 ずっと聞いていたいけど、わたしは零れ落ちる大粒の涙を止めることができなかった。