「基樹! 安心して! 一刻も早くわたしが戻ってあんたを助けるから」

 どうやって戻ったらいいのかさえ、わからないけど、だけど絶対帰らないといけない。

「何があってもすぐに連絡ができるやうに、メッセージ文を作っておかないと」

 圏外ということでずいぶん前に諦めた自身のスマホを取り出し、メッセージアプリに文字を打ち込む。

 今は遅れないけど、いざとなったら送れるように文章を準備しておきたい。

 まずは、戻ってすぐにその場の状況を冷静に判断することだけど。

「………」

 思い返して、本当にわたしは耐えられるのか想像をすると、全身がブルリと震えた。

(こ、怖い……)

 一刻を争うというのに、恐怖が拭えないのは確かだ。

「はい」

「えっ……」

 いつの間にか立ち上がっていたらしい基樹から何かを手渡されて驚く。

「腹ごしらえ。ちゃんと食べて備えて」

 先ほど彼が買ってきてくれたらしいおにぎりだった。

「落としちゃったけど、中は大丈夫だと思うから」

「あ、ありがと……」

 いただきます、と無我夢中で包み紙を開き、両手でつかんでがぶりと噛み付いた。

 久しぶりに食べたお米の味は香ばしく、空腹だったお腹を満たしてくれる。

 一気に口の中に放り込む。

 負けてなんて、いられない。

「はは、良い食べっぷり……」

「どうやったら戻れるのかはわからないけど、いつ戻ってもいいように、わたしもちゃんとできることをするから」

「うん」

 隣に腰を下ろした基樹も、そのまま自分のおにぎりにかぶりつく。

「で、でもさ……」

「ん?」

「わたしとあんたはパラレルワールド。別の世界の人間だから、これを聞いて、下手な正義感は持たないこと。助けてやろうなんて、一ミリだって考えないこと」

「……わ、わかってるよ」

「そりゃ、狙われるのは怖いけど、わたしは、あんたが傷つくほうがもっと怖くてつらいんだから」

「エマは強いな」

「………」

 思わず、動きが止まる。 

(強い……いや、それよりも……)

「……エマ?」

「……え、あっ!」

 心配そうな基樹の瞳にわたしの姿が映る。

 驚いた表情を浮かべた、そんな自分の姿が見えた。

「ご、ごめん。名前で呼ばれるの……なんだか新鮮で……」

「え……」

 咄嗟のことで動揺してしまったのか、声が震えて語尾が消えそうになったのが自分でもわかった。

 ああ、まずいと思って無理やりにでも口角を持ち上げたら、自然と涙が頬を伝ったことにいやでも気付いてしまった。

「……俺、付き合ってたくせに、名前も呼ばなかったのか?」

「ううん、そんなわけじゃないんだけど」

 基樹が信じられないというように息を飲んだのが雰囲気で伝わってきた。

「嬉しくて……」

 ここへ来て、改めて久しぶりに彼の声を聞いた気がした。

 目の前にいる基樹は、完全にわたしのよく知る基樹とは違っていると頭の中ではわかっていたのに。

「ご、ごめん……」

 ダメだダメだ。

「あんたとあいつは違うってわかってるのにね」

 笑え笑え、と自分の中で一生懸命唱える。

 この人のことは、もう巻き込んではいけないのだ。わかっている。

 わかっていても、重ねてしまうのだ。