『ねぇ、最近、誰かにつけられてる気がするの』

 自意識過剰かとは思ったけど、思わず漏らしてしまったのはもし可能なら帰宅の時間は一緒にしてもらえないかと思ったからだ。

『こんな目立つ格好してるからだっていいたいかもしれないけど』

 基樹が眉を寄せ、明らかに嫌そうな顔をしたので彼の言いそうな言葉を先に言ってみる。

 もともと目立つようになってから、人から視線を向けられることも増え、知らない人からも声をかけられることが増えた。

 そのたびに基樹はうんざりした表情を浮かべていたし、冷静にあしらってくれてはいたけど、一度だけどうにかならないものかと言われたことがある。

 基樹は基本、一度しか言わないし、一度言ってきかなければ自分が諦めるタイプだ。

 諦めて、もう無理だと見限ったら最後……彼は終わりを告げる。

 わかっていたのに、意地でも今のスタイルを変えることができなかった。

『塾は何時まで?』

『え?』

『迎えに行くから』

 はぁ、とため息をついてそう言われた。

『あ、塾のときは大丈夫! 塾のときじゃなくって……』

 塾がない日に、また一緒に帰れないかと……言いたかったけど言えなかった。

『思ってることがあったら言って』

 元々可愛げはなかったけど、さらにプライドまで高くなってしまって、思ったことが口にできなくなってしまっていた。

『や、やっぱりいい! もしかしたらわたしの思い違いかも!』

 大丈夫だと話を変えた。

 基樹にとっても夜は大切な勉強時間のため、邪魔をしてはいけないと思った。

 それからずっと、どんどんどんどん不穏な影を背後に感じるようになったけど、わたしは基樹に言うことはなくなった。

 言っておけばよかったのだ。

 基樹に。

 基樹だけじゃない。

 お母さんや、先生たちにも。

 誰かに見られていて、つけられている気がするって、言っておけばよかったのに、また見た目を全否定されることが嫌で、わたしは何も言えなかった。

 だから、あの日………。

『……に、逃げろっ!』

『基樹っ!』

 基樹に別れを告げられたあの日、何も考えられなくなって向かった先の河原沿いで、待ち伏せをしたいた男に刃物で斬りかかられ、ぼんやりしていて気付くのに遅れたわたしは、自分の代わりに脇腹を赤く染め、倒れる基樹を眺め、目の前が真っ暗になったのだった。