あの日のきみにさよなら

「全滅だね」

 基樹のスマホの明かりを頼りに、夜の廊下をゆっくりと歩きながら、心が追いつかない状態でぽつりと呟いてしまった。

 そりゃ、防犯対策上そうなんだろうけど、わたしたちが侵入した家庭科準備室は別して、上から屋上、音楽室、美術室、図書室に保健室……どこに行ったって鍵の空いている場所なんてなく、行く場所がなくなってしまった。

 さり気なく繋がったままの手は今や指先だけがかろうじて触れているだけの状態だったけど、どちらとも離そうとはしない。

「そりゃ、どこも入れないよね」

「……一度戻るか」

「そうだね」

 これでまた振り出しに戻ってしまった。

 滞在できるのはどうやら教室だけのようだ。

 むしろ現代ではそうそう教室だって入れないんじゃないかって思えたけど、行き場を与えてもらっただけ感謝をしなくてはならない。

「お腹、減ってない?」

「えっ……」

「何も食べてないんじゃないの?」

 言われてみれば、確かにそうだ。

「そういう基樹だって……」

 朝ごはんを食べてから、何も食べていない。

 言われてから意識をすると、正直なお腹はぐるるっと小さく悲鳴を上げ、穴があったら入りたくなった。

「お腹が空いてはなんとやら。なんか買ってくるよ」

「えっ……」

「長期戦になりそうだからな」

 窓の外に見えるコンビニを指さし、基樹はにっと笑う。

「あ、じゃあ、わたしが何かご馳走する!」

 慌てて取り出した財布からお札を取り出し、基樹に差し出す。

 入ったばかりのバイト代である。

「わたしは出られないから、基樹の好きなもの買ってきていいから」

 差し出したそれを不思議そうな表情で眺める基樹。

「どう……したの……?」

「なに、これ……」

「え?」

 千円札を指さし、困惑した表情を浮かべている。

「おもちゃの……お金……?」

「あっ……そっか。ごめ……」

 忘れていた。

「去年、新しいお札に代わって……一応前のお札も使えるんだけど……あっ……ごめん、持ってないや……」

 流通する前にわたしの新札が使えるわけないし、この世界でこれらは全く無意味なものなのだと思わされる。

 わたしと同じように。

「あんまり持ってないからおにぎりくらいしか買えねぇけど、我慢して」

「……ごめん」

「悪いと思うなら、未来の基樹に返してやって。今日は立て替えるから」

「で、でも……」

 もう会う機会だってないだろうのに、無茶なことを言ってくれる。

「俺もあんたを無事に返さないと怒りそうだから」

「え? 誰に?」

「さ、いくぞ!」

 またぐっと手を握られ、基樹は窓の鍵を開ける。

「あんたも校門までは来られるんだろ。すぐに戻るからそこで待ってて」

「……う、うん」

 有無を言わせず窓に足をかけ、飛び降りる基樹の姿を眺め、急いでその後に続く。

 窓の先は大きなヒマワリが咲き誇り、その先にグランドが広がっていて、もっと先をいくと校門が見える。

 コンビニはその目と鼻の先にあった。

「リクエストはある?」

「ツナマヨかな」

「三つまでなら大丈夫だけど」

「そ、そんなに食べません!」

 できればこんな時間にお米を食べるのは控えてるんだから……などと言いかけ、ぐっとこらえる。

「も、基樹は何を食べるの?」

「塩鮭かな」

「そっか」

 わたしが見た目ばっかり気にして、ご飯ばかり気にするから、基樹ともこうして食べ物の話で盛り上がったことなんてなかったなとふと思いだす。

 写真映えのするカフェにはよく一緒に言ったけど、こうやってもっと一緒に話していたら、何か変わったのかな……などとまたネガティブな考えに陥り、頭を振る。

 前を向かないと。

 瞳をキラキラさせてこちらを見る彼にそう思わざるをえなかった。