『はい』
ぶっきらぼうに渡されたのが、それだった。
『え?』
基樹と付き合うようになってから、半月ほど経ったある日の帰り道。
いつも基樹が部活を終えるのを図書室で待ち、サッカー部が終わったのが確認できた頃、わたしも下に降りていき、一緒に帰ることが当たり前になっていた。
差し出されたそれは、まんまるいうさぎのマスコットだった。
『こ、これは……』
エッグワンダーランドのメインキャラクター、ウォッチだ。
可愛らしい見た目のそれが基樹の指にぶらりとぶら下がっている様子のが違和感ありすぎて、思わず基樹とそれを見比べてしまう。
『お土産』
『え?』
『だから、お土産だよ!』
半ば強引に押し付けられる。
『……あ、ありがとう』
お土産って言ったって、同じ場所に修学旅行に行ったばかりだ。
結局クラスも別々だったため、一度も観光先で行動を共にすることはなかったけど、わたしはこっそり眺めていたし、自分なりには満足した修学旅行だった。
だけど、ま、まさか、お土産を買ってくれるだなんて思っても見なかった。
『ご、ごめんなさい……わ、わたし、気が回らなくて、そ、その……赤石くんにお土産買ってない……』
『また赤石くんって言った!』
名前で呼んでって言ったのに!とむくれる基樹。
『ほら、おそろい!』
基樹がさりげなくカバンから出してきたのは、ウォッチの相棒キャラクターのクロックだった。眠そうな瞳が愛らしい。
『……え?』
それよりも……今、なんて……
『全然名前で呼んでくれないから未だに付き合ってること疑ってくるやつがいるんだ』
『ご、ごめん……』
わたしと付き合っているのに、釣り合いが取れていないせいか未だに告白のために呼び出されることがあると嘆いていたのは知っている。
『ねぇ、名前で呼んで』
『よ、呼ぶ……呼びます……』
恋人に見えないから、基樹にいつも迷惑をかけている自覚はある。
『あ……あか……じゃなかった! も、もと……』
言葉というものがこんなにも重いものだなんて。
心臓の音が全身に響いて、振動のあまり倒れてしまうんじゃないかって思ったとき、先に声を上げたのは基樹で、ぷはっと堪えられなくなったように笑った。
『冗談だよ!』
『えっ……』
『呼べないなら呼べるまで、つけてて』
おそろい、と胸元でぎゅっとにぎっていたウォッチを指さした基樹の頬は心なしか染まっていた。
『う、うん! た、大切にする!』
ずっと、ずっとつけている!
浮かれすぎて今にもジャンプしてしまいそうだった。
『大切にするから』
家において大切に飾りたいな、なんて思ったくらい。大切な大切な宝物になった。
『ありがとう、赤石くん……あ!』
『……もう』
『ご、ごめ……』
『もう、今日は罰!』
そう言うなり、基樹はわたしの手を握る。
『えっ、ここで……』
『ここで! 勘違いされたくないし』
『そ、そうだけど……』
手は汗ばんでいないか、ドキドキする。
『うぉぉぉおい! 赤石大先輩が彼女といるーーー!』
『わぁぁぁ、手なんて繋いでる!』
案の定、見つかるたびにいろんな人に声をかけられる。
普段はあまり人前で手をつなぐことはないのだけど、相当ちゃんと名前で呼べないわたしに嫌気がさしているのだろう。
基樹はわたしと付き合いだしてからすぐ、名前で呼んでくれるようになった。
それはもうあまりにも自然で驚いたくらい。
『俺は仲良くなった人はちゃんと名前で呼びたいの!』
そう言っていた基樹らしかった。
からかわれて『うっせー! ほっとけよ!』とか耳を赤くしていっている割に基樹は手を離そうとしない。
早く呼べるようにしたいな、と思いながら心のなかで小さく『基樹くん……』と読んでみたのはわたしだけの秘密だ。
気づくはずなんてないのに、記憶の中の彼がゆっくり振り返って、あれ……と違和感を覚える。
こんな光景あっただろうか?と。
いや、この帰り道は間違いなく覚えているのだけど、永遠と振り返ることなく前をぐいぐい歩き続けた基樹の背中をずっと目で追っていた覚えが強すぎて、こうして基樹が振り返った覚えがなく、不思議に思ってしまったのだ。
もしかして振り返っていたかもしれないけど、あのときのわたしは興奮していて気づけなかっただけだろう。
だから、聞き取れなかったのかもしれない。
口を開いた彼が、何かを言おうとしたことを。
『も、基樹……』
言いかけて、自分が今の自分に戻っていることに気づく。
そして、彼の背後から少しずつ滲み出るように赤い色が流れ始めたことにも。
『ど……どうして……』
赤く赤く、染まる世界の中で、彼の口だけは何かを告げようと動いている。
でも、聞こえない。
『………』
『なに? なんて言っているの? 聞こえない……』
世界が染まる。
『ねぇ、もと……』
「おい、大丈夫か!」
「えっ……」
声がした方を見ると蒼白の顔の基樹がこちらを見ていて、世界が教室の中に変わった。
ああ、あの頃の記憶の中だったのかとぼんやり思ったら、泣きそうになった。
ぶっきらぼうに渡されたのが、それだった。
『え?』
基樹と付き合うようになってから、半月ほど経ったある日の帰り道。
いつも基樹が部活を終えるのを図書室で待ち、サッカー部が終わったのが確認できた頃、わたしも下に降りていき、一緒に帰ることが当たり前になっていた。
差し出されたそれは、まんまるいうさぎのマスコットだった。
『こ、これは……』
エッグワンダーランドのメインキャラクター、ウォッチだ。
可愛らしい見た目のそれが基樹の指にぶらりとぶら下がっている様子のが違和感ありすぎて、思わず基樹とそれを見比べてしまう。
『お土産』
『え?』
『だから、お土産だよ!』
半ば強引に押し付けられる。
『……あ、ありがとう』
お土産って言ったって、同じ場所に修学旅行に行ったばかりだ。
結局クラスも別々だったため、一度も観光先で行動を共にすることはなかったけど、わたしはこっそり眺めていたし、自分なりには満足した修学旅行だった。
だけど、ま、まさか、お土産を買ってくれるだなんて思っても見なかった。
『ご、ごめんなさい……わ、わたし、気が回らなくて、そ、その……赤石くんにお土産買ってない……』
『また赤石くんって言った!』
名前で呼んでって言ったのに!とむくれる基樹。
『ほら、おそろい!』
基樹がさりげなくカバンから出してきたのは、ウォッチの相棒キャラクターのクロックだった。眠そうな瞳が愛らしい。
『……え?』
それよりも……今、なんて……
『全然名前で呼んでくれないから未だに付き合ってること疑ってくるやつがいるんだ』
『ご、ごめん……』
わたしと付き合っているのに、釣り合いが取れていないせいか未だに告白のために呼び出されることがあると嘆いていたのは知っている。
『ねぇ、名前で呼んで』
『よ、呼ぶ……呼びます……』
恋人に見えないから、基樹にいつも迷惑をかけている自覚はある。
『あ……あか……じゃなかった! も、もと……』
言葉というものがこんなにも重いものだなんて。
心臓の音が全身に響いて、振動のあまり倒れてしまうんじゃないかって思ったとき、先に声を上げたのは基樹で、ぷはっと堪えられなくなったように笑った。
『冗談だよ!』
『えっ……』
『呼べないなら呼べるまで、つけてて』
おそろい、と胸元でぎゅっとにぎっていたウォッチを指さした基樹の頬は心なしか染まっていた。
『う、うん! た、大切にする!』
ずっと、ずっとつけている!
浮かれすぎて今にもジャンプしてしまいそうだった。
『大切にするから』
家において大切に飾りたいな、なんて思ったくらい。大切な大切な宝物になった。
『ありがとう、赤石くん……あ!』
『……もう』
『ご、ごめ……』
『もう、今日は罰!』
そう言うなり、基樹はわたしの手を握る。
『えっ、ここで……』
『ここで! 勘違いされたくないし』
『そ、そうだけど……』
手は汗ばんでいないか、ドキドキする。
『うぉぉぉおい! 赤石大先輩が彼女といるーーー!』
『わぁぁぁ、手なんて繋いでる!』
案の定、見つかるたびにいろんな人に声をかけられる。
普段はあまり人前で手をつなぐことはないのだけど、相当ちゃんと名前で呼べないわたしに嫌気がさしているのだろう。
基樹はわたしと付き合いだしてからすぐ、名前で呼んでくれるようになった。
それはもうあまりにも自然で驚いたくらい。
『俺は仲良くなった人はちゃんと名前で呼びたいの!』
そう言っていた基樹らしかった。
からかわれて『うっせー! ほっとけよ!』とか耳を赤くしていっている割に基樹は手を離そうとしない。
早く呼べるようにしたいな、と思いながら心のなかで小さく『基樹くん……』と読んでみたのはわたしだけの秘密だ。
気づくはずなんてないのに、記憶の中の彼がゆっくり振り返って、あれ……と違和感を覚える。
こんな光景あっただろうか?と。
いや、この帰り道は間違いなく覚えているのだけど、永遠と振り返ることなく前をぐいぐい歩き続けた基樹の背中をずっと目で追っていた覚えが強すぎて、こうして基樹が振り返った覚えがなく、不思議に思ってしまったのだ。
もしかして振り返っていたかもしれないけど、あのときのわたしは興奮していて気づけなかっただけだろう。
だから、聞き取れなかったのかもしれない。
口を開いた彼が、何かを言おうとしたことを。
『も、基樹……』
言いかけて、自分が今の自分に戻っていることに気づく。
そして、彼の背後から少しずつ滲み出るように赤い色が流れ始めたことにも。
『ど……どうして……』
赤く赤く、染まる世界の中で、彼の口だけは何かを告げようと動いている。
でも、聞こえない。
『………』
『なに? なんて言っているの? 聞こえない……』
世界が染まる。
『ねぇ、もと……』
「おい、大丈夫か!」
「えっ……」
声がした方を見ると蒼白の顔の基樹がこちらを見ていて、世界が教室の中に変わった。
ああ、あの頃の記憶の中だったのかとぼんやり思ったら、泣きそうになった。



