「不思議だなぁ」

 窓の外で唯一の光を運んできてくれる月明かりを眺め、思わず呟いていた。

「基樹には言えなかったことが、あんたになら何でも言える。不思議」

 だからってペラペラ話すことでもないのだけど。

「未来の俺には猫かぶってたってこと?」

「そういうわけじゃないんだけど……いや、そうなのかな。言ったら変に思うかな……とか、先回りして考えちゃって口にすることをやめることが多かったというか」

 嫌われたくなくて、言葉を選んでいたのは本当だ。

 後半は、体裁ばかりを気にしてわたしらしいと自分で決め込んだ言葉しか口にすることはなくなったのだけど。

「もし未来に帰って、まだ俺と話すチャンスがあるならひとつだけ教えといてやるよ。俺は嘘で取り繕った人間が嫌いだ」

 はぁ、と呆れたように息を吐き、改めて前を向いた基樹が、そのまま口を開く。

 わかる。わかってるのだけど……

「……そ、そんなの今さら言われても遅いわよ」

 もう話す機会なんてないんだろうし。

「今のあんたみたいに思ったことをズバズバ言ってる方が好感度高いと思うけど。そりゃ、ちょっとはデリカシーにかけるけど……」

「それ、あんたが言う?」

 散々人のことをボロクソに言っておいて。

「……まぁ、どんな人かはわからないけど、好きな人ができたらしいから、もう今さらそんなチャンスはないと思います」

 アドバイスありがとう、とうなだれると、俺ってかなり最悪なんだな……と基樹は基樹で困ったように自身の首の後ろに手を回した。

「あー、元の世界に戻ったって、基樹と新しい彼女が歩いているのを見たら気まずいんだろうな……」

 同じ高校だし、見たくなくても知りたくないことさえ目に入ってしまうだろう。

 そもそもみんなになんで報告しよう?なんて考えたところで、やっぱりまたわたしはなんだかんだで他人のことばかり気にしていることに気づいて自分自身に嫌気が差した。

「俺は結構一途なんだと思ってたから……ショックだわ……」

「あ、いや……」

「はいはい。パラレルワールドの俺だってことはちゃんと理解してます」

「そ、それならいいけど」

 中学生の基樹に言うべきことではないことは頭の中では分かっているのに、ついつい口にしてしまう。まさに自己満足である。

「……なんか、ごめん」

「いや、未来の俺も……その、申し訳ない」

「あんたは悪くないよ。わたしが悪かったんだから。基樹が理由なく動く人だなんて思っていないし」

 ごめんね、と思いっきり机に突っ伏して、その勢いで端に乗せていたカバンを地面に落とす。

「げっ……」

 同時にカバンの中のものも盛大に飛び散るのを眺め、唖然とした。

「あーあ……」

 ついてないととことん不運続きだわ。

 カバンなんて開けっ放しだったっけ?と、もはや自身の身のまわりにさえ気を回せなくなった自分への不甲斐なさを表現する言葉さえも見つからず、床に散乱したカバンの中身をかき集めながらこっそりため息をもらした。

「あ、これも……」

 基樹が拾い上げてくれたのはまんまるいうさぎのマスコットで、カバンにつけていたものだ。

 どうやらチェーンが切れたらしいそれは、隣町のテーマパークのもので、長年つけていたからか元々白かったはずなのに今では灰色に染まっている。

(も……もういやだ……)

 わたしが、何かしたというのか。

 振られたのにはわたしなのに、どうしてわたしばかりこんなにも未練たらたらた世界に閉じ込められなければならないのか。

 どこにでも思い出すきっかけが転がっている。

 幸せだった日々が、悪夢に変わったのをじわりじわりと体感させられる。

(もういやだ……)

 世界が赤く染まっていく。

 赤く赤く。

(戻りたくない)

 そんな気持ちがいっぱいになって、それでもどこか遠くから戻ってこい……という声も聞こえる……気がする。

 こうしてまた、どうしたらいいのかわからなくて動けなくなってしまうんだ。