「……これかな」

「え?」

「やり残したこと」

「俺の中学時代を見ること?」

「それもあるけど……」

 なんとなくわかった気がした。

 中学時代のわたしができなかったこと。

 いや、できなかったことはたくさんあったけど、この彼を目の前にして、いろいろできなかったことはたくさんある。

「まずはじめに」

 だから、もったいぶって言ってみる。

「赤石くん!」

「はっ?」

「わたし、中学の時、そう呼んでたんだよ」

「なんだよ、急に……」

 ダメだと分かっていても、やっぱり口角が上がった。

「呼んでいたと言っても、心のなかでこっそり呼んでいて、直接本人に向かって呼んでみたかったなぁ……と思って」

「なにそれ。一方的に見てたってこと?」

「まぁそんなところよ。当時のわたしはあんたとお話できるようなタイプでもなかったし、中学二年の夏の段階で直接は呼んだことはないから」

 呼んでみたかった。

 これも一つのやってみたかったことだ。

「付き合ってからもついつい萎縮しちゃって、名前で呼べって言われてもなかなか呼べなくて……大変だったんだから」

 あんたにはわかんないでしょ、と笑ってやると、思った以上に反応した基樹は頬を染めて口を尖らせた。

「な、なんか恥ずかしいんですけど」

「あはは、ごめんごめん」

 これでもそんな頃もあったのよと笑うと、次は困ったようににらまれた。

 でも、変化はないから、これは正解ではなかったようだ。

「今ではあんたあんたって言ってる人が、えらい変化だな」

「……そうだね」

 そのとおりよ。

 その言葉は、お馴染みの基樹の照れ隠しのひとつだとわかってはいたけど、胸をぎゅっとしめつけるものだった。

 たしかに、あれからずいぶん時を重ねたものだと思える。

 多くのことが変わってしまった。

 一つ一つすべてのことが大切だと思えたあの頃が信じられないくらい、いろんなものがこぼれ落ちてしまった今ではぞんざいな扱いになっている基への態度もその一つだった。

 あんなに宝物のように一日をかみしめて過ごした日々だったというのに。

「よくわかんないわ」

「……え」

「やり残したってこと」

 思い返せば思い返すだけ、いろんな思い出は出てくる。だけど、

「あんたと付き合えたから、わたしは中学時代にやり残したことはないと思うのよ」

 今さらで申し訳ないけど、よく考えたら、わたしは最後の最後に長年片思いをしていた相手の目にとまり、一発逆転ホームランを出したシンデレラガールのようなものだった。

 やり残したことどころか、基樹のまわりにいた女の子たちこそ、時期や選択肢を誤ったと後悔を繰り返したことだろう。

「入学式の時にね、基樹を知ったの。基樹が一番最初に名前を呼ばれて、新入生の代表の挨拶をするために壇上にのぼった時になんてかっこいい人がいるんだろうって目を奪われて、多分ひと目ぼれをしたのよ」

「なっ……」

「それからも何度か壇上に登ることがあったでしょ。その時はもう釘付けで、わたしの毎日が一変して変わってしまった」

 ガシガシと首元をかく基樹を横目にわたしは気にせず続けた。

 あの時の光景が見えた気がしたから。

「それからながーいながーい間、なかなか実らない恋をしたけど、その期間も毎日いろんなこと考えてすごく楽しかったの。まさかそのあと付き合えるとも思っていなかったし、よくよく考えるとわたしはかなり贅沢に中学校時代を満喫してたのよね」

「し、心臓に悪いからいきなり調子の狂うようなこと言わないでほしいんだけど」

 ひとりで納得したように笑うと、いい加減にしろと言わんばかりに基樹は声をあらげた。

「あはは、だって懐かしいんだもん!」

 きっと、中学校生活でやり残したことをリベンジすることというのは、私がわたしこの世界に来てしまった理由ではない。

 改めてそう思う。