「でも、どうやんのよ?」
「え?」
中学生の基樹の案を採用して、意気込んで『地味だった中学生活をやりなおそう大計画☆』を決行し始めたのはいいものの、いきなり大問題にぶち当たる。
ここは、すべての生徒が帰ったであろう誰もいなくなった夜の学校だ。
見上げた先の時計の時刻は間もなく八時になろうとしていた。
「もう校内に入れる時間じゃないと思うけど」
きっと先生たちだってそろそろ帰宅しようとしている時間なはずだ。というより、誰もいなくなった学校に入るほど恐ろしいことはない。別に私は夜の学校でのスリルを体験したかったわけでもない。
「ああ、それなら問題ないよ」
「ええ?」
(いや、問題大ありでしょ!)
と叫びたくなったけど、そんなのお構いなしというように基樹は走り出す。
「ほら、早く!」
「え? えええええええ、どこ行くのよっ」
運動だって全然得意じゃないし、できればしたくないと思っているのに、早くついてこいと急かす彼に、なんだかもうわけがわからなくも必死に続く。
こちらに気遣ってかペースを緩めながら走ってくれる基樹の後ろを一生懸命その姿を見失わないように追いかける。
「ほら、やっぱり」
こんなに走ったのは久しぶりだ。
日頃の運動不足が祟って息は上がりまくって今にも心臓が口からこんにちはしてきそうな状況で、わたしは必死に呼吸を整えていた。
口内に血の味がしたし、汗で制服が体にピタッとくっついてきて気持ちが悪い。
「中に入れるぞ」
そんなわたしとは裏腹に、息ひとつ乱れていない基樹の誇らしそうな声が聞こえた。
ファンデーションが浮いているだろうなと頬を伝う汗を拭いながら、ありったけの力を振り絞って顔を上げると、いつの間にやら基樹の背中が目の前から消えてしまっていたことに気づく。
「えっ……」
どこにいるのだろうとふらつく頭を抱えながら暗闇に目をこらすと、いつの間に開けたのだろうか、校舎の窓に足をひっかけ、よじ登る基の姿が見えた。
「ちょっ、なにやってんのよっ」
「ほら、手、貸してやるからあんたも早く!」
言葉の通り、手を差し伸べてくるのだけど、ま、まさか、まさかわたしにもここをよじ登れと言っているのだろうか。
「じょ、冗談でしょ」
「誰かいるかもしれないから、早く……」
「わ、わかったわよ」
無茶苦茶にもほどがある要望だったけど、あまりに急かしてくるものだからもうどうにでもなれと彼の指示のまま、壁にあるでっぱりに足をかけて、後半はほとんど引きずり上げられるような形で、無理やり窓をよじ登ることに成功した。
重い重いと基樹は随時失礼なことを言っていたけど、わたしはもうやけくそで壁にへばりついた。きっとこんなこと、今後生きていくうえで一生ない出来事だと思う。
「な、なにここ? 倉庫?」
ようやく窓のヘリに重心を移動することに成功し、安堵したのもつかの間、見たこともない部屋の中にいた。
「家庭科準備室だよ」
「な、なんでこんなところ……」
家庭科の授業の記憶も曖昧だけど、この場所は入った記憶すらない。
「最近鍵が壊れた場所があるって聞いたのを思い出したんだよ」
「……あ、あんた、こうしていつも女の子を連れ込んで夜の学校でやらしいことを……」
「してねぇよ! ここへ来たのは今日が初めてだよ!」
ふざけんな!と真っ赤になって憤慨してくるものだからさすがにそれ以上何も言えなかったし、嘘ではなさそうだ。
そんなわたしだって、もしも基樹の過去にそんなアバンチュールな思い出があったのならと少し胸がチクチクしたため、この反応にはいささかほっとした。
「仕方ねぇだろ、ここしか思いつかなかったんだから」
ほら、行くぞ!というように座り込んで動けなくなったわたしに手を差し出してくる基樹。
「それにしても、不用心ね」
こんな所の鍵をあけておくなんて……と照れ隠しに呟いて、わたしはその手を取った。
「聞いてなかったらここの鍵が壊れてるなんて誰も思わないと思うぞ」
「まぁ、準備室に入ろうとは、確かに思わないわね」
「俺らの間で、だけど……」
「うん」
歩き出すのと同時に思い出したように口元を緩ませて話し出した基樹の声を静かに聞き入る。
誰ひとりいない廊下には音はなく、まるで時間が静止しているようだ。
静寂に包まれた空間に、一応努めて声を落としているつもりなのだろう基樹の声とわたしたちの足音だけが響く。
「小坂ってわかる?」
「小坂くん……?」
ああ、覚えている。
基樹の仲間のひとりで、彼もヒエラルキーの氷山の一角に存在したうちのひとりだ。
「あいつ、遅刻の常習犯だったんだけど、先生たちが張ってる下駄箱じゃなくって、いっつもこっから侵入して登校してたんだ」
「うわ、最悪」
だから俺たちだけの秘密なんだよ、と基樹は悪びれる様子もなくケラケラ笑う。
「先生にちくってやんなさいよ、そんなの」
小坂くんとは、基と同様によく目立つと思っていた同級生だ。
そんな彼がから家庭科準備室からコソドロのように侵入して登校していただなんて、あまり知りたい情報ではなかったのが正直のところだ。
「なぁ」
「まだなんかあんの?」
そんなわたしに、基樹は声を上げて楽しそうに笑っていた。
「上から攻めるか、下から攻めるか」
まるで財宝のある洞窟に侵入したトレジャーハンターのように目を光らせ、彼は聞いてくる。
音楽室や保健室とか、専門的な教室は鍵がかかってそうだけど……なぁんて言いながら。
(いやいや、家庭科準備室はかかってなかったじゃないの!)
見てる分にも生き生きしている彼に、やっぱり中学生の少年なんだなぁとなんだかんだでこちらも仕方ないな、という気持ちになり始めていた。
とはいえ、どうするべきなのだろうか。
いざ校内に入ってみたものの、やり残したということを今さら思い出してもピンとこないのが困った所だった。
言葉に詰まるわたしに、じゃあ屋上から攻めようと意気込んで上ったわたしたちだったけど、もちろんのこと、屋上も鍵がかかった状態だったため行き場を失い、俺の教室にでも言ってみる?と少し悩んだ末に基樹が言い出したことに従うことにしたのだった。
「え?」
中学生の基樹の案を採用して、意気込んで『地味だった中学生活をやりなおそう大計画☆』を決行し始めたのはいいものの、いきなり大問題にぶち当たる。
ここは、すべての生徒が帰ったであろう誰もいなくなった夜の学校だ。
見上げた先の時計の時刻は間もなく八時になろうとしていた。
「もう校内に入れる時間じゃないと思うけど」
きっと先生たちだってそろそろ帰宅しようとしている時間なはずだ。というより、誰もいなくなった学校に入るほど恐ろしいことはない。別に私は夜の学校でのスリルを体験したかったわけでもない。
「ああ、それなら問題ないよ」
「ええ?」
(いや、問題大ありでしょ!)
と叫びたくなったけど、そんなのお構いなしというように基樹は走り出す。
「ほら、早く!」
「え? えええええええ、どこ行くのよっ」
運動だって全然得意じゃないし、できればしたくないと思っているのに、早くついてこいと急かす彼に、なんだかもうわけがわからなくも必死に続く。
こちらに気遣ってかペースを緩めながら走ってくれる基樹の後ろを一生懸命その姿を見失わないように追いかける。
「ほら、やっぱり」
こんなに走ったのは久しぶりだ。
日頃の運動不足が祟って息は上がりまくって今にも心臓が口からこんにちはしてきそうな状況で、わたしは必死に呼吸を整えていた。
口内に血の味がしたし、汗で制服が体にピタッとくっついてきて気持ちが悪い。
「中に入れるぞ」
そんなわたしとは裏腹に、息ひとつ乱れていない基樹の誇らしそうな声が聞こえた。
ファンデーションが浮いているだろうなと頬を伝う汗を拭いながら、ありったけの力を振り絞って顔を上げると、いつの間にやら基樹の背中が目の前から消えてしまっていたことに気づく。
「えっ……」
どこにいるのだろうとふらつく頭を抱えながら暗闇に目をこらすと、いつの間に開けたのだろうか、校舎の窓に足をひっかけ、よじ登る基の姿が見えた。
「ちょっ、なにやってんのよっ」
「ほら、手、貸してやるからあんたも早く!」
言葉の通り、手を差し伸べてくるのだけど、ま、まさか、まさかわたしにもここをよじ登れと言っているのだろうか。
「じょ、冗談でしょ」
「誰かいるかもしれないから、早く……」
「わ、わかったわよ」
無茶苦茶にもほどがある要望だったけど、あまりに急かしてくるものだからもうどうにでもなれと彼の指示のまま、壁にあるでっぱりに足をかけて、後半はほとんど引きずり上げられるような形で、無理やり窓をよじ登ることに成功した。
重い重いと基樹は随時失礼なことを言っていたけど、わたしはもうやけくそで壁にへばりついた。きっとこんなこと、今後生きていくうえで一生ない出来事だと思う。
「な、なにここ? 倉庫?」
ようやく窓のヘリに重心を移動することに成功し、安堵したのもつかの間、見たこともない部屋の中にいた。
「家庭科準備室だよ」
「な、なんでこんなところ……」
家庭科の授業の記憶も曖昧だけど、この場所は入った記憶すらない。
「最近鍵が壊れた場所があるって聞いたのを思い出したんだよ」
「……あ、あんた、こうしていつも女の子を連れ込んで夜の学校でやらしいことを……」
「してねぇよ! ここへ来たのは今日が初めてだよ!」
ふざけんな!と真っ赤になって憤慨してくるものだからさすがにそれ以上何も言えなかったし、嘘ではなさそうだ。
そんなわたしだって、もしも基樹の過去にそんなアバンチュールな思い出があったのならと少し胸がチクチクしたため、この反応にはいささかほっとした。
「仕方ねぇだろ、ここしか思いつかなかったんだから」
ほら、行くぞ!というように座り込んで動けなくなったわたしに手を差し出してくる基樹。
「それにしても、不用心ね」
こんな所の鍵をあけておくなんて……と照れ隠しに呟いて、わたしはその手を取った。
「聞いてなかったらここの鍵が壊れてるなんて誰も思わないと思うぞ」
「まぁ、準備室に入ろうとは、確かに思わないわね」
「俺らの間で、だけど……」
「うん」
歩き出すのと同時に思い出したように口元を緩ませて話し出した基樹の声を静かに聞き入る。
誰ひとりいない廊下には音はなく、まるで時間が静止しているようだ。
静寂に包まれた空間に、一応努めて声を落としているつもりなのだろう基樹の声とわたしたちの足音だけが響く。
「小坂ってわかる?」
「小坂くん……?」
ああ、覚えている。
基樹の仲間のひとりで、彼もヒエラルキーの氷山の一角に存在したうちのひとりだ。
「あいつ、遅刻の常習犯だったんだけど、先生たちが張ってる下駄箱じゃなくって、いっつもこっから侵入して登校してたんだ」
「うわ、最悪」
だから俺たちだけの秘密なんだよ、と基樹は悪びれる様子もなくケラケラ笑う。
「先生にちくってやんなさいよ、そんなの」
小坂くんとは、基と同様によく目立つと思っていた同級生だ。
そんな彼がから家庭科準備室からコソドロのように侵入して登校していただなんて、あまり知りたい情報ではなかったのが正直のところだ。
「なぁ」
「まだなんかあんの?」
そんなわたしに、基樹は声を上げて楽しそうに笑っていた。
「上から攻めるか、下から攻めるか」
まるで財宝のある洞窟に侵入したトレジャーハンターのように目を光らせ、彼は聞いてくる。
音楽室や保健室とか、専門的な教室は鍵がかかってそうだけど……なぁんて言いながら。
(いやいや、家庭科準備室はかかってなかったじゃないの!)
見てる分にも生き生きしている彼に、やっぱり中学生の少年なんだなぁとなんだかんだでこちらも仕方ないな、という気持ちになり始めていた。
とはいえ、どうするべきなのだろうか。
いざ校内に入ってみたものの、やり残したということを今さら思い出してもピンとこないのが困った所だった。
言葉に詰まるわたしに、じゃあ屋上から攻めようと意気込んで上ったわたしたちだったけど、もちろんのこと、屋上も鍵がかかった状態だったため行き場を失い、俺の教室にでも言ってみる?と少し悩んだ末に基樹が言い出したことに従うことにしたのだった。



