「そもそも、あんたはどんな中学生だったの?」
「え?」
唐突に投げかけられた問いに驚いた。
「俺が知ってる人?」
「……」
「あんたみたいな目立つ容姿だったら、俺も知ってると思うんだけど……」
別のクラスなのかな?と頭をひねる基樹。
非常に言いたくない。
「わ、わたしは……」
このころの彼の中にわたしの存在はなかったと断言できる。知られていなかった。
まさに一方的な気持ちだったのだから。
「地味な学生だった」
「は?」
「今とは違って、スカートもこれくらい長くて……」
「嘘だろ……」
本気で捉えたかどうかはわからないけど、ジェスチャーを加えて伝えると、複雑そうな表情を向けられた。
「まじめだったのよ」
「そんな学生が……どうしてこんな……」
「どういう意味よ」
さきほどから散々失礼なことを言ってくれちゃう彼を無視して、あの頃の自分を思い出してみる。
だけど、絶対に知られてはいけない気がした。未来は操作してはいけない。そう思ったからだ。
「俺の知り合い?」
「さぁね」
「それじゃわかんねぇだろっ!」
「よ、よく覚えてないのよ」
「……え」
「いつの間にか出会っていたというか……あの頃の思い出ってあやふやであんまりちゃんと覚えてないの」
思わず語調を強めて言い切ったわたしに、「そうか」と基樹が小さく息をついた。
その様子に罪悪感を覚えるも仕方がなかった。
嘘だった。
覚えないないなんて嘘だ。
彼のことで覚えてないことなんてひとつもない。むしろ、付き合う前ならなおさらだ。
だけど、そんなこと口が裂けても言えやしなかった。
夏を過ぎたころ、わたしたちは出会った。
きっとこの基樹が中学二年生の基樹だから、このすぐあとの秋のことだ。
カエデの木が燃えるような朱色に染まった頃のことだった。
わたしが腰を抜かしてしまって、彼が助けに来てくれた。
あれは、わたしの中では大切な思い出だ。
絶対に絶対に一生忘れられない思い出だけど、今の彼に言うわけにはいかない。
彼の未来に、それこそ影響してしまうと思うととても怖くなった。
嫌な沈黙が続く。
こんなことなら、いくら夜の学校が怖いとか不安だとはいえ、やっぱり先に帰ってもらった方がまだ気が楽だったような気がする。
未来をこれ以上告げられない彼に、どうやって一緒に元の世界に戻るきっかけを探してもらうというのだ。
「高校デビューってやつ?」
「……え」
先に重い口を開いたのは、基樹だった。
とても言いづらそうだったけど、視線を合わそうとせずに、それでも声をかけてくれた彼が気を使ってくれたのがわかった。
「そうよ」
発する言葉を慎重に選びながら口を開く。
「中学校の時は、自分に自信がなかったから、変わりたいって思ったの」
あんたと釣り合える女性になりたかったのだとは、さすがに言えなかったけど。
そんなところだ。
「それじゃないの?」
「え?」
「地味な中学校時代にやり残したことをするためにここに来たとか?」
「ええ? 中学校時代にやり残したことをするために?」
そんなまさか。
「中学時代に未練なんてないと思うんだけど……」
思い返してみてもこれといってやり残したと思えることはない。
片想い期間もそれはそれでそれなりにこっそりと楽しんでいたし、付き合ってからなんて夢のようにバラ色な毎日だった。
平凡だったけど、誰よりも贅沢で満喫した毎日を過ごしていたと改めて振り返っても満足な日々のみが思い出される。
むしろあのころのわたしには出来すぎな中学時代だったといっても過言ではない。
「でも、それしか今は考えられないと思うんだけど……あんた地味な中学生活送ってたって言ってたし、派手なその身なりでここで過ごしてみたかったとか」
「じょ、冗談じゃないわ」
冗談じゃなさすぎる。
「そ、そんな、それだったらわたし……あまりにも残念な人じゃない。地味だったのは事実だけど、それなりに充実した学生時代だったわよ」
それだけの理由だけで未練があってタイムスリップしてここへ戻ってきたのなら、ただただ自分に絶望してしまうし、なにより当時の姿に戻ってもよかったはずだ。いくらでも今の技術で着飾って見せられるのだから。
「じゃあ、ダメもとで試してみようぜ!」
「え? なにを?」
「ただここにいるだけよりはましだって!」
そう言うなり勢いよく立ち上がる基樹に言葉を失う。
「ちょ、ちょっと待って! 何をするつもりなの?」
「後悔のない選択をする! これ、俺の格言。あんたにとって、今はそれが必要なことなんじゃないかって思うんだけど」
「こ、後悔のない選択……やりのこしたことを探すっていうの?」
「そのとおり!」
やり残したことさえ想像がつかないけど、確かに基樹の言うとおり、何もしないままただここにいるよりは何か試してみる方がましだろう。
「わ、わかったわよ」
だからしぶしぶ立ち上がるしかなかった。もうなんとでもなればいい。
「地味だった中学校生活でできなかったことを今から片っ端から制覇してやるわ!」
「その意気だ!」
楽しそうに笑う基樹に、なんだかもう悩んでいるのも馬鹿らしくなった。この笑顔がもう少し見られるのならまぁいっかとさえ思えるようになった自分がいた。
「え?」
唐突に投げかけられた問いに驚いた。
「俺が知ってる人?」
「……」
「あんたみたいな目立つ容姿だったら、俺も知ってると思うんだけど……」
別のクラスなのかな?と頭をひねる基樹。
非常に言いたくない。
「わ、わたしは……」
このころの彼の中にわたしの存在はなかったと断言できる。知られていなかった。
まさに一方的な気持ちだったのだから。
「地味な学生だった」
「は?」
「今とは違って、スカートもこれくらい長くて……」
「嘘だろ……」
本気で捉えたかどうかはわからないけど、ジェスチャーを加えて伝えると、複雑そうな表情を向けられた。
「まじめだったのよ」
「そんな学生が……どうしてこんな……」
「どういう意味よ」
さきほどから散々失礼なことを言ってくれちゃう彼を無視して、あの頃の自分を思い出してみる。
だけど、絶対に知られてはいけない気がした。未来は操作してはいけない。そう思ったからだ。
「俺の知り合い?」
「さぁね」
「それじゃわかんねぇだろっ!」
「よ、よく覚えてないのよ」
「……え」
「いつの間にか出会っていたというか……あの頃の思い出ってあやふやであんまりちゃんと覚えてないの」
思わず語調を強めて言い切ったわたしに、「そうか」と基樹が小さく息をついた。
その様子に罪悪感を覚えるも仕方がなかった。
嘘だった。
覚えないないなんて嘘だ。
彼のことで覚えてないことなんてひとつもない。むしろ、付き合う前ならなおさらだ。
だけど、そんなこと口が裂けても言えやしなかった。
夏を過ぎたころ、わたしたちは出会った。
きっとこの基樹が中学二年生の基樹だから、このすぐあとの秋のことだ。
カエデの木が燃えるような朱色に染まった頃のことだった。
わたしが腰を抜かしてしまって、彼が助けに来てくれた。
あれは、わたしの中では大切な思い出だ。
絶対に絶対に一生忘れられない思い出だけど、今の彼に言うわけにはいかない。
彼の未来に、それこそ影響してしまうと思うととても怖くなった。
嫌な沈黙が続く。
こんなことなら、いくら夜の学校が怖いとか不安だとはいえ、やっぱり先に帰ってもらった方がまだ気が楽だったような気がする。
未来をこれ以上告げられない彼に、どうやって一緒に元の世界に戻るきっかけを探してもらうというのだ。
「高校デビューってやつ?」
「……え」
先に重い口を開いたのは、基樹だった。
とても言いづらそうだったけど、視線を合わそうとせずに、それでも声をかけてくれた彼が気を使ってくれたのがわかった。
「そうよ」
発する言葉を慎重に選びながら口を開く。
「中学校の時は、自分に自信がなかったから、変わりたいって思ったの」
あんたと釣り合える女性になりたかったのだとは、さすがに言えなかったけど。
そんなところだ。
「それじゃないの?」
「え?」
「地味な中学校時代にやり残したことをするためにここに来たとか?」
「ええ? 中学校時代にやり残したことをするために?」
そんなまさか。
「中学時代に未練なんてないと思うんだけど……」
思い返してみてもこれといってやり残したと思えることはない。
片想い期間もそれはそれでそれなりにこっそりと楽しんでいたし、付き合ってからなんて夢のようにバラ色な毎日だった。
平凡だったけど、誰よりも贅沢で満喫した毎日を過ごしていたと改めて振り返っても満足な日々のみが思い出される。
むしろあのころのわたしには出来すぎな中学時代だったといっても過言ではない。
「でも、それしか今は考えられないと思うんだけど……あんた地味な中学生活送ってたって言ってたし、派手なその身なりでここで過ごしてみたかったとか」
「じょ、冗談じゃないわ」
冗談じゃなさすぎる。
「そ、そんな、それだったらわたし……あまりにも残念な人じゃない。地味だったのは事実だけど、それなりに充実した学生時代だったわよ」
それだけの理由だけで未練があってタイムスリップしてここへ戻ってきたのなら、ただただ自分に絶望してしまうし、なにより当時の姿に戻ってもよかったはずだ。いくらでも今の技術で着飾って見せられるのだから。
「じゃあ、ダメもとで試してみようぜ!」
「え? なにを?」
「ただここにいるだけよりはましだって!」
そう言うなり勢いよく立ち上がる基樹に言葉を失う。
「ちょ、ちょっと待って! 何をするつもりなの?」
「後悔のない選択をする! これ、俺の格言。あんたにとって、今はそれが必要なことなんじゃないかって思うんだけど」
「こ、後悔のない選択……やりのこしたことを探すっていうの?」
「そのとおり!」
やり残したことさえ想像がつかないけど、確かに基樹の言うとおり、何もしないままただここにいるよりは何か試してみる方がましだろう。
「わ、わかったわよ」
だからしぶしぶ立ち上がるしかなかった。もうなんとでもなればいい。
「地味だった中学校生活でできなかったことを今から片っ端から制覇してやるわ!」
「その意気だ!」
楽しそうに笑う基樹に、なんだかもう悩んでいるのも馬鹿らしくなった。この笑顔がもう少し見られるのならまぁいっかとさえ思えるようになった自分がいた。



