「……あんたさ」

「ん?」

「ほんとに、未来から来たの?」

 基樹が言いづらそうに口を開いた。

「何を今さら……」

 何度も言ったし、何度校門に向かっても同じ場所に引き戻されるというありえない光景も見たはずなのに。

「本当に、俺と付き合ってたの?」

 一層低く聞こえる彼の声にびくっとする。

「え?」

 付き合ってたのかって……

 言われましても……

「……わ、わたしはそのつもりでしたけど」

 改めて本人にそんなことを言われて自信を無くすなんて情けないったらないけど、ふと本当はどう思われていたんだろうと考えてしまった自分がいた。

 まさか、最初からそう思っていたのはわたしだけだったのだろうか。

 あの日、あの放課後に聞き間違えて……

「あ、でも、別れてくれって最後に言われたから、付き合ってたんだと思う」

 そうだそうだ。そうよ!

 付き合っていない限り、別れるなんて言葉はでてこないはずだ。

 威張ることでもないが、どうだと言わんばかりに自信満々に返してやると、基樹は一言、そうか、とだけ呟くように言った。

 表情は見えなかったけど、その姿になんだか申し訳ない気持ちがわいてきた。

「た、多分、パラレルワールドなんだと思う」

「……え?」

「ここの世界と、わたしのいた世界は別なんだと思うの」

 だからこそ、慌てて言葉を探した。

「あっちの基樹はなんらかの手違い……って自分で言うのもなんとも残念な話だけど、わたしと付き合ってしまった。でも、ここは違う。別の世界。だから、あんたの未来とは何も関係ないんだと思う。うん」

 どう言えばうまく伝わるだろうか。

 静かに顔を上げた基樹の瞳に、わたしが映る。

「さっきと言ってること違うけど……」

「半日もここに閉じ込められて一生懸命考えたのよ」

 嘘だ。

 たった今、思ったままの言葉を並べただけだ。でも、

「だから安心しなさい。あんたの未来は、今からあんたが自分で見つけて、自分の手でつかんで作り上げていくものだから」

 なんだかこれ以上、この基樹に未来の自分たちの姿を伝えるべきではない気がした。

 彼の未来は、まだまだ可能性は無限大だ。

 勝手にまだ見ぬ世界のことを押し付けてはいけない……そう思えてならなかった。

 いや、間違いなくそうだ。

 当たり前のことだ。考えなくてもわかったはずである。

 よくアニメとかでありがちな、先のことを言ってしまったことにより未来を変えてしまった……とかそういう問題よりも、わたしとしては、いきなり未来から現れたという怪しい人間に、自分の未来だと信じがたい先の将来の話を一方的に聞かされたところで未来への希望がなくなるというか、自分だっていい気がしないであろうことは間違いなかった。

 ましてや、絶対ない!とまで言われた相手と付き合っただなんて未来を、中学生の彼に押し付けるのはなんだか違う気がした。

「変なこといって申し訳なかったわ」

 忘れて、と付け加える。

「さ、もう結構暗くなってきたし、下校時間もすぎたんじゃないの? わたしのことはいいから帰りなさい」

 ひとりになるのはとても怖かったけど、こうするべきだと思った。

 解放してあげないといけない。

「……あんたは、どうすんの?」

「わたし? 適当にすればなんとかなるわよ」

「今の今までどうしようもなくてここにずっとへばりついてたくせに?」

「………」

 ああいえばこういう。

 確かに強がったところでその通りなだけに言い返せない自分が悔しい。

「……仕方ないじゃない。なんでここにきたのかもわからないし、何か未練があってやり直しに来たのかと思っても、そうでもなさそうだし」

 第一、中学校の頃の懐かしい基樹にも会えたし、なかなか満足している。

 いろいろと懐かしい気持ちも味わえたことだしなんとなく勝手ながら満足はしていた。

 できるものならもうそろそろ元の世界に戻ってもいいはずなんだけど……それでも一向に変化がないならもうお手上げだった。

 わたしの気持ちとは裏腹に、時間だけは刻一刻と変わらず過ぎていく。

 あっという間に辺りは暗くなって夜という時間を連れてきた。

 容赦なく進む時間も一向に止まってくれそうにないし、それなら彼まで巻き込むわけにはいきそうにない。いつまでこうしているのかという不安はぬぐえないけど、どうにか朝までには答えが出したいと思う。

「だからあんたは……」

「一緒に探してやるよ」

「え……」

「本当にあんたが未来から来てるんだったら、元に戻れるきっかけを」

「は、はぁ? な、何言ってんの……」

「あんた、未来で俺に振られて、ここでも俺においてかれるとか、哀れすぎるだろ」

「ちょっ、その言い方……って、み、未来じゃなくて、パラレルワールド、ね?」

 本人にまで言われていささかダメージを受けたのは否めないけど、一応最後に訂正しておいたのは年上としてのわたしのなけなしの意地である。

「ああ、まぁそういうことにしといてやるけど……」

 そんなわたしに意地悪く基樹は笑って続けた。心なしか、どこかわたしの知る彼の姿と重なって見えた。

「こんな機会もめったにないし、付き合ってやるよ」

「はぁ?」

 こんな機会って……。

「多分この中学校でやりたいことでもあったんだろ。戻れるように協力してやる」

「あ……あんた、自分が何言ってるかわかってんの?」

「それに、未来の俺のせいで復讐なんてされたくねぇし」

 ニヤッと笑う。

 それは、年相応の表情だった。

 何か、新しいゲームを見つけた時の少年のような、そんな生き生きとした瞳で彼がこちらを見るものだから、これ以上はこのお人好しを前に断れそうになかった。