「あはは。怒るな、怒るな。まぁ、涙に(ほだ)されたってのは、当たってるかもなぁ」

 何処か他人事のように、あっけらかんと答える青島くんは、のんびりと歩をすすめながら、遠くの方へ視線を投げていた。まるで、何かを思い出しているようなその横顔に、不意に誰かの面影が重なった。

「……っ」

 思わず息を呑んで、青島くんの顔を凝視していると、私の視線に気がついた彼が、怪訝そうに眉根を寄せた。

「どうした? やっぱり俺の顔に何か付いてるのか?」

 青島くんの問いかけに、私はまだ彼の顔を見つめたまま、首を振る。

「う、ううん。なんでも……。なだんか、私、青島くんの顔を知っているような気がして……」
「そりゃ、知ってるだろ。もう一年も友達やってるんだぞ」

 呆れたように言う彼の言葉を、私は首を振って制した。

「違うの。そうじゃなくて……以前何処かで……」

 私の言葉に、今度は青島くんが鋭く息を呑んだ。彼の大きな手が私の肩をガシリと掴む。グッと指に力を入れられ、少し痛い。

「あ、青島くん?」
「白野。思い出したのか?」
「お、思い出すって、何を?」

 青島くんは、必死な様子で私の顔を覗き込んでくる。しかし、私は首を傾げるしかない。庭園(ガーデン)から植物のことを学ぶために、この下界へとやってきた私には、この世界での思い出など、ほんの一年分しかない。あとは、庭園(ガーデン)にいた時の記憶しかないのだ。

「青島くん。どうしたの? 痛いよ」

 私の肩に載っている青島くんの手に、私自身の手を重ねると、彼はビクリとした様に体を震わせてから、肩に食い込んでいた指の力を緩めた。

「悪い。何でもない」

 力なく笑って誤魔化した青島くんの顔を、私はじっと見つめる。しばらく見つめていると、観念したように、青島くんは頭を掻いた。

「さっき、待つって言ったばかりなのに、カッコ悪いな。俺」
「どういうこと? 思い出すって、私が何か忘れているっていうの?」

 私の問いには答えずに、青島くんは一人歩き出す。私は、彼の背を追う様にして、少し後ろを歩く。

 私たちの帰路が分かれる十字路で足を止めた青島くんは、隣に並んだ私をチラリと見ると、ようやく口を開いた。

「今日は送るよ」
「え? でも……」
「もう少し、白野と話したいんだ」

 確かに、このあやふやなままな状態は嫌だと、私も思った。コクリと小さく頷き、私たちは私の家へと足を向けた。歩き始めると、青島くんがすぐに話し始めた。

「白野の中では、俺との最初の記憶は、あの怪我の時か?」