緑が声を上げながら駆け寄ってきた。私は作業の手を止めて、緑に笑顔を向ける。

「緑ちゃん、どうしたの?」

 緑は私のそばまで来ると息を弾ませながら、満面の笑みを見せた。

「つばさちゃん、そろそろ部活終わる? さっき聞いたんだけど、駅前に新しいお店ができたんだって。アイスクリーム屋さん。みんなで行ってみようって話になってるの。つばさちゃんも一緒に行ってみない?」
「え?」

 突然の誘いに、思わず返答につまる。いつもならば、ひと通りの作業を終えている頃だ。緑はそれが分かっているから、私を呼びにきたのだろう。

 しかし今日はずっと話しっぱなしで、やっと作業を始めたばかり。花壇には、まだほんの少ししか肥料が撒かれていなかった。

「あ〜。ごめん。今日は、作業始めるの遅くなっちゃって、これからなんだよ。まだしばらく時間かかると思うの」
「そんなぁ」

 緑は残念そうに眉尻を下げた。

「私、手伝おうか? そしたら、一緒に行ける?」

 そんな提案までしてくれたが、私は軽く首を振った。

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。みんなを待たせたらいけないし、緑ちゃんだけ行ってきて」
「そお?」
「うん。今度、どんな感じだったか教えて」

 私たちがそんな話をしているそばで、フリューゲルと女の子は、こちらの会話が気になるのか、何やらソワソワとしている。

 二人の顔には揃って、「アイスが食べたい」と書いてあるようだった。言ってしまえば、この世ならざる者たちなので、食べる行為など必要としないくせに。食い意地の張り付いたその顔に、思わずクスクスと笑いが溢れてしまう。

「まだ寒いし、アイスなんて食べてお腹壊さないようにね」

 浮かれた気持ちのままに、緑に茶々を入れてしまった。そんな私の言葉に、緑は軽く頬を膨らませる。

「あ〜。つばさちゃんってば、そんなこと言うの?」

 それから、堪えきれないとばかりにプッと吹き出し、緑はケラケラと笑う。

 ひとしきり笑った後、まだクスクスと笑いを残している私の顔を、緑は覗き込んできた。

「つばさちゃん、何かいいことでもあったの?」
「え?」

 緑の言葉に、私が口元を緩めたまま小首を傾げると、それを見た緑がどこか安堵した表情を見せる。

「だって、今日のつばさちゃん、楽しそうだから」
「楽しそう?」

 私は自分の顔を指さす。あまり自覚がなかったので、はてと考えるようなそぶりをしてみせた。

「うん。だって、つばさちゃん、秋の終わりくらいから元気がなかったでしょ?」