「白野は、それで本当に良いと思っているのか?」
「うん。思ってるよ。でも、これからは彼女に青島くんの気持ちをきちんと示そうよ。どんなに突き放すことになっても、それが彼女に対する優しさだと思うよ」

 私の言葉を噛みしめるようにじっと黙っていた青島くんだったが、やがてニカリといつもの彼の笑みをみせた。

「白野ってすごいよな」
「え? 何が?」
「だって、嫌な思いさせられたのに、サラリと流してさ。仕返しとか考えてないだろ?」
「仕返し? そんなこと考えたことないかも」

 青島くんの言葉に思わず目を丸くしていると、そんな私の顔を見て、青島くんはプッと吹き出した。

「だよな。そうだと思った。白野はそういう奴だよ。心が広いというか。俺も見習わなきゃ」
「そんな。私、別に心広くなんかないよ。あの時も、ムッキーってしたし」

 木本から嫌がらせを受けたときの気持ちを思い出し、思わず両手で拳を握る。

「あはは。なんだよ。ムッキーって」

 青島くんは腹を抱えて笑う。もう完全にいつもの彼だった。

「ムッキーっは、ムッキーっだよ。緑ちゃんに教えてもらったの。心の中にムカムカモヤモヤが溜まったら、ムッキーって吐き出せって」
「何それ? それ、怒ってんの? 全然怒ってないじゃん」
「え? だって緑ちゃんが……」
「葉山なぁ。あいつも、案外心広いからなぁ。感情表現豊な奴だけど、本気で怒ってるところは確かに見たことないな」

 青島くんは、私の隣で腹を抱えたまま妙に納得したように頷いている。

「えぇ? ムッキーって、間違ってるの? 私、これで結構スッキリしたんだけど」

 顔の横で握ったままの両拳を震わせていると、青島くんはまだ笑いを含んだまま首を振った。

「白野の怒りがそれでスッキリしたのなら、間違っていないさ。木本への怒りも消えているならいいんだ。ただ」

 いつの間にか青島くんの顔から笑みは消え去り、代わりに、ものすごく真剣な眼差しが私を捉えている。

「もし、これからまた白野がつらい思いをしたときは、俺に愚痴ってくれ。愚痴じゃなくてもいい。怒りでもいい。白野の心の中のモヤモヤを俺に吐き出してくれ。俺はそれをちゃんと受け止めるから」
「え? ……う、うん」

 正直、私は彼の言葉の意味を半分も理解していなかった。でも、彼の真剣な気持ちがすんなりと私の心の中に入ってきた。だから、コクリと頷いた。

「本当に何でも聞いてくれる?」

 私の問いかけに、青島くんは弾けんばかりの笑顔で答えてくれる。