自覚の無かった口癖を指摘されたお返しに、私も彼の無自覚な部分を突いてみた。すると珍しいことに、少し恥じらうように、フリューゲルが頬を緩ませる。

「あれ? そうだった? 意識していたつもりなんだけど、気を抜くとダメだね。アーラの事を、つばさって呼ぶ事になかなか慣れなくてさ」
「分かるわ。私も、こっちへ来てからしばらくは、つばさと呼ばれることに慣れなかったもの」

 フリューゲルの言葉に同意の意を示す私の隣で、フリューゲルは、小さな声で、「つばさ、つばさ」と私の名前を呼ぶ練習をしている。それだけで、なんだかだかくすぐったい気持ちになった。まるで、庭園(ガーデン)に戻ったような気がする。

「無理して、つばさって呼ばなくていいんじゃない? だって私は、アーラなんだし」

 無性に庭園(ガーデン)が恋しくなって、私は、自らの名前を口にする。

「そうかな? アーラが下界にいる間は、つばさって呼ぼうと思っていたけど。でも、そうだよね。アーラはアーラだもんね」

 私の提案に納得したのか、フリューゲルはコクリと頷いた。そこで私は、話題を変える。

「ところで、フリューゲルは、あんなところで何していたのよ? まさか私を迎えに来てくれたの?」

 私の口から期待がぽろりと出た途端、フリューゲルは、そっと視線を伏せた。

「……ごめん。そうじゃないんだ」
「……わかってるわよ。そんなこと。ちょっと言ってみただけ」

 (うつむ)いて謝るフリューゲルを見て、少しの沈黙の後、私は冗談めかして笑い飛ばした。

 私は、学ぶために下界へ来たのだ。

 何を学べばいいのか未だに分からないけど、今は下界で生活していくことに精一杯で、学ぶどころではない。

 『学ぶ』という目的が達成されてもいないのに、帰れるはずが無いことぐらい、私だって分かっている。

「ねぇ、アーラ。下界の生活には、もう慣れた?」

 フリューゲルは顔を上げると、話題を変えるように、私の制服に目を留め、上から下まで眺める。

 私もその場の空気を変えたくて、そのままフリューゲルの心遣いに乗っかった。

「見てのとおりよ。さっきも走ってたでしょ。下界のスピードは速すぎて、ついていくのに必死よ。目が廻りそう」
「でも、優しそうなお母さんと、真面目なお父さんが傍にいてくれるし、周りの人たちとも馴染んできたみたいだし、順調な滑り出しなんじゃないかい?」
「何で知ってるの?」

 フリューゲルの言葉に思わず目を丸くすると、フリューゲルは、さも当たり前と言いたげに、肩を竦めた。