私たちがコソコソと言葉を交わしているあいだに、桜の花びらが溶けた空からは、全てを包み込むかのような暖かい光が降り注いできていた。中庭に降り注ぐ光は、次第に強く眩しくなり、やがて、そこらじゅうの花壇が金色に包まれた。照り返す光の眩しさに私は思わず目を細める。

 不意に、フリューゲルの声が響いた。耳にではなく、直接頭の中に響く。フリューゲルの声は、いつものように穏やかで、しかし凛としていた。まるで、司祭様がお話されているときのように聞こえる。

“そろそろ時間です。よろしいですか?”

 フリューゲルのその問いかけに、しっかりと目を見開こうとしたが、今はもう光が全てを飲み込まんとするかのように眩しさを増していて、私は目を開けることができない。

「もうちょっと。あと少しだけ待ってください」

 光の中、ココロノカケラの少女の声が響く。すると、まるでその言葉が光を振り払ったのか、痛いくらいに眩しさを放っていた光が幾分弱まるのを瞼の裏で感じた。やがて、目を開けられるほどの光量になり、そっと目を開けると、満足そうな少女の笑顔が、満開のスターチスの花の中にあった。

 その場にいた誰もが少女の笑みを見つめている。

 (そうか。皆にもあの子のことが見えるのね)

 本当にもうお別れなのだ。そう悟った私は、フリューゲルの姿を探して辺りを見回す。いつの間にかフリューゲルは、背中の羽を広げて私たちの頭上に浮き上がっていた。背後から光を浴びたその姿は、とても尊く光り輝いていて、まさに天使様そのものだった。

 もう見慣れたはずのフリューゲルの姿に私が
見惚れている間にも、少女の口からは友人に向けて別れの言葉が紡がれる。

 別れを惜しみ、鼻を啜り泣き止まない友人たちを宥めていた少女が、不意に思い付いたように「あっ」と声を上げて、私を見る。

「センパイ。スターチスが咲いたら、二人に渡してほしいの。お願いできる?」
「うん。いいよ。任せて」

 私は、少女の願いを快く引き受ける。少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「ありがとうございます! じゃあ、そろそろ行きますね」

 少女は、私に向かって小さく手を振ってくれた。私も同じように手を振る。

 声は、次第に遠ざかるように小さくなっていく。少女の口からの別れの言葉が出るのを待っていたのか、再び中庭に降り注ぐ光が強く眩しくなる。やがて、少女の周りに咲き誇っていた花々が金色の光に飲み込まれ始めた。激しい光に思わずまた目を細める。