それからは夢の浄化を手伝いながら自分を探した。物欲センサーと呼ばれるものなのだろうか、私に会いたいと近づきたいと願うほど私の町にたどり着くこともなんなら同じ年代にたどり着くことすらできなくなっていった。何度も何度も浄化をしながら記憶を回った。
ぐるぐるとそれこそ眩暈がするようなペースで。だが努力量と見つけられるかは別問題だ。
「……私の、町。」
見つけたのは探すと決めてから日数で約2か月、もう雪が解け始めるような時期だった。何個記憶を伝ったか、なんて覚えていないが1000は確実に廻ったような気がする。
「やっとお目当て?」
「うん、確かこのアニメがやってるってことは私は10歳……」
たどり着いた場所は家電量販店のテレビの前。小さな商店街に入っている店でガヤガヤと後ろで声が響いている。流れる明るくポップな曲は私が10歳ごろの時に世間で流行っていたアニメのOPで間違いがない。冷たく真冬のように凍った空気が肺の中にしみる。
少なくともこの商店街は見たことがある、家からは遠いけれど何度か訪れたことがあるから。
「次は何処に行くかい?鈴に会いに行かなければいけないのだろう?」
「このアニメをやってるってことは日曜日、時間は午後2時か。」
「凄いね、そこまで覚えてるんだ。」
「__人気だったからね、興味があろうがなかろうがみんな見てたよ。」
「興味がないのに?」
「そういう、ものだから。」
私が返事を返してもなんだか望は納得していないようだった。それはそうだ、私だって当時腑に落ちていたわけじゃない。小学校というとてもとても小さなコミュニティで誰かと言葉を繋ぐには友達という友達がいない私にとっては唯一のコミュニケーションツールのようなもの。月曜日に登校すればこのアニメ一色だった、そして午後2時を必死に待ってテレビをじっと眺めていたものだ。
「そう……じゃあ行く当てがわかる?」
「そう、だね。」
商店街を見渡すものの休日だからほんの少しにぎわっているぐらいだろう。ということはお祭りやイベントなどの特別な日ではないのかな。
「第14回放送か。これ、ヒントになる?」
望がテレビの画面の中を指さす。明るいポップなカラーで埋め尽くされた光の画面に14というクラシカルな数字が映し出されていた。
「さすがに、わからないかな。何回の放送の時に何してたかとかは……」
「それもそうだね、覚えているわけないか。」
残念そうに肩を落とすことはなく望は前に向き直る。
「いそうな場所を巡ってみようか。」
私の提案で商店街から出て私がよく休日にいた場所を巡る。どのみち家からは遠いのだ。公園やショッピングモール、ゲーム屋やおもちゃ屋本屋。どこにも私らしい影はなく、休日らしい賑やかさと冬にも関わらず人の熱気が熱くてたまらない。
見慣れた家路まで来てしまった。毎日毎日同じ家路を歩いているはずなのに妙に懐かしく、少し苦しい。これが忘れていた何かなのだろうか。大人になったら成長したら忘れるといわれる、ありきたりで大切なもの。
「中に居るのかな。」
「そうだね、いるんだとしたら家の中だと思う。」
目をつむってドアの前に立ち、鈴をつけた腕を前にして一歩を踏み出す。周りの空気が変わった。暖かさと安心感、目を開ければドアを超えられていた。
「靴がある……」
玄関には少し乱雑に脱がれた靴が一足、今私しか家にいないようだ。
リビングのほうへ駆けてゆくものの誰もいないしガランとしている。いろいろな部屋を探し回る。寝室もキッチンもいない。いるはずなのに、どこにも感じない。走っているからか息が上がるのがわかる。
「鈴。」
「な、に__」
ずっと見守っていた望が私の手をぎゅっと握って動きを止める。静かに、と小さく合図がなされ私は息を整えながら耳を澄ませる。
小さな音楽と何かを書くような音、それは私の部屋からしていた。厳密には姉との子供部屋だ。
「この音って、」
「さっきのアニメの音と似てる。」
ゆっくりと私は部屋へと歩く。そこには10歳の私がキラキラと輝くアニメの画面をぼーっと見つめながら何かを書いている。短くなった鉛筆を持ち、自由帳にでも絵を描いているのだろうか。
「手紙、か。」
「手紙?」
望は小さな私の周りを一周するとそんな言葉を呟いた。私も望のほうに回り込めば今描いている自由帳の横に『私へ』と書か畳まれた紙。
「覚えてる?」
「いや……覚えてない、かな。」
記憶の中をいくら練り歩いても私が手紙を書いた記憶がない。10歳だからあるとすれば二分の一成人式のような将来の自分を見据える機会が少しあるぐらいだろうか。
「これは、今の鈴に必要なもの。」
テーブルの上に置いてあった手紙を望は拾い上げ私に差し出す。小さな折り込まれていた紙を私は受け取る。開けてみれば将来の自分に向けてのメッセージのようだった。
『元気ですか?今も笑顔で生きていますか?私は普通の小学生です。今のところ夢もありません。友達みたいに何かできたことも特別好きなところもありません。でも私に一つだけ夢があります。』
「夢、鈴の?」
「そう、だね。私何かいたんだろう。」
二枚重なっている紙、小説を見て次のページを見たくなる感覚に近い。次の文章を読み始める。
『それは、誰かを笑顔にできる人になること。みんなみたいにキラキラとしたものじゃないけれど、私は誰かを笑顔にできるような素敵な大人になりたいです。私も頑張るから、見たときの私も頑張ってね。私より』
「『誰かを笑顔にできる人』……」
とてもふわふわとしたスポンジみたいな夢だ。具体的な夢に比べれば不安定で面白いほど意味はないのだろう。
「腑に落ちたって顔してるね。」
望が横から私の顔を覗き込む。手に滲んだ少量の私の汗が紙に吸収されてゆく。望から見れば私はそんな表情をしているのだろうか、自分じゃ自分の顔なんてわからないものだ。
「じゃあ、これが?」
「そうだね、運命の夢。」
「__腑に落ちはしたけど、なんだか複雑かも。」
「具体的じゃないからこそ、無限の可能性じゃない?」
「無限?」
私が気になって望のほうを振り向けば、にこやかに笑う望の横顔と空に手を伸ばす姿が見える。
「何かに縛られず、ただ信念として夢を掲げる……何物にもなれる、それが鈴。」
「それが、私__」
「帰ろうか。その手紙は鈴のもの、しっかり握って。」
望はマッチに火を付け、雑に窓から放り投げた。
「この記憶は誰のものだったんだろう、世界を全て憎むような記憶には見えなかったけど。」
小さく呟く声がそばから聞こえる。雑という言葉が似合うようなしぐさで鈴を鳴らせば少しだけ濁った音に聞こえた。真っ暗になっていく視界、いつしかアニメを見ている小さな私も飲み込まれていた。目をつむって風が通り過ぎるのを待つ。
重くなった瞼を開ければ『夢散る木』の前に来ていた。いつも通り大きな葉を掲げ太陽に透かされ葉脈が顔を出して光を木漏れ日に変えているところ。
「鈴、お疲れ様。」
「……珍しいね。」
なんだか嫌な予感がした。私に労いの言葉などあまり言われなかったしそんなに神妙な顔つきで言われたこともない。私の手のひらには手紙がそのまま収まっている。
「勘づかれたかな。」
あっけらかんと笑って望は作っていたであろう表情を閉まった。強い風が吹き、びゅーとありきたりな音が頬を掠めた。
「さあ、それがあなたの夢。__これを渡したくて。」
手、だして。と望が促す、私は右手を差し出した。
「これだけ、持って帰って。」
指に何かを嵌められた。じっと見ればそれが指輪だと知る、銀色のリングで装飾らしい装飾もない。強いて言えば小さな鈴が彫ってあることだろうか。
「いいの?」
「勿論、仕事手伝ってもらったし。餞別……というかお給料みたいなもの。」
「それって__」
私は声に出そうとした音が喉元で掠れ消えていくのを感じる。それはもう二度と会えないここに来れないみたいじゃないか。望は私が言いたいことを悟ったのか何も言わず、ごめんと言いたげに目を伏せた。
「望、ありがとう。」
私の言葉にも曖昧に頷くだけ。なにも言ってはくれない。大きな、本当に大きな風が吹いて目の前がくすんだ。この世界から帰るときに同じことが何度も起こった。もう慣れたような風だ。
「鈴__」
耳元でささやかれたようなはっきりとした声だった。瞳を開ければ私の部屋でベッドの上、小鳥が楽しそうに朝を奏でていた。
指輪は私の右手の人差し指にはめ込まれたままで、手紙は枕元に置かれている。それだけが私の体験が夢ではないと証拠づけているものに間違いがない。
ぐるぐるとそれこそ眩暈がするようなペースで。だが努力量と見つけられるかは別問題だ。
「……私の、町。」
見つけたのは探すと決めてから日数で約2か月、もう雪が解け始めるような時期だった。何個記憶を伝ったか、なんて覚えていないが1000は確実に廻ったような気がする。
「やっとお目当て?」
「うん、確かこのアニメがやってるってことは私は10歳……」
たどり着いた場所は家電量販店のテレビの前。小さな商店街に入っている店でガヤガヤと後ろで声が響いている。流れる明るくポップな曲は私が10歳ごろの時に世間で流行っていたアニメのOPで間違いがない。冷たく真冬のように凍った空気が肺の中にしみる。
少なくともこの商店街は見たことがある、家からは遠いけれど何度か訪れたことがあるから。
「次は何処に行くかい?鈴に会いに行かなければいけないのだろう?」
「このアニメをやってるってことは日曜日、時間は午後2時か。」
「凄いね、そこまで覚えてるんだ。」
「__人気だったからね、興味があろうがなかろうがみんな見てたよ。」
「興味がないのに?」
「そういう、ものだから。」
私が返事を返してもなんだか望は納得していないようだった。それはそうだ、私だって当時腑に落ちていたわけじゃない。小学校というとてもとても小さなコミュニティで誰かと言葉を繋ぐには友達という友達がいない私にとっては唯一のコミュニケーションツールのようなもの。月曜日に登校すればこのアニメ一色だった、そして午後2時を必死に待ってテレビをじっと眺めていたものだ。
「そう……じゃあ行く当てがわかる?」
「そう、だね。」
商店街を見渡すものの休日だからほんの少しにぎわっているぐらいだろう。ということはお祭りやイベントなどの特別な日ではないのかな。
「第14回放送か。これ、ヒントになる?」
望がテレビの画面の中を指さす。明るいポップなカラーで埋め尽くされた光の画面に14というクラシカルな数字が映し出されていた。
「さすがに、わからないかな。何回の放送の時に何してたかとかは……」
「それもそうだね、覚えているわけないか。」
残念そうに肩を落とすことはなく望は前に向き直る。
「いそうな場所を巡ってみようか。」
私の提案で商店街から出て私がよく休日にいた場所を巡る。どのみち家からは遠いのだ。公園やショッピングモール、ゲーム屋やおもちゃ屋本屋。どこにも私らしい影はなく、休日らしい賑やかさと冬にも関わらず人の熱気が熱くてたまらない。
見慣れた家路まで来てしまった。毎日毎日同じ家路を歩いているはずなのに妙に懐かしく、少し苦しい。これが忘れていた何かなのだろうか。大人になったら成長したら忘れるといわれる、ありきたりで大切なもの。
「中に居るのかな。」
「そうだね、いるんだとしたら家の中だと思う。」
目をつむってドアの前に立ち、鈴をつけた腕を前にして一歩を踏み出す。周りの空気が変わった。暖かさと安心感、目を開ければドアを超えられていた。
「靴がある……」
玄関には少し乱雑に脱がれた靴が一足、今私しか家にいないようだ。
リビングのほうへ駆けてゆくものの誰もいないしガランとしている。いろいろな部屋を探し回る。寝室もキッチンもいない。いるはずなのに、どこにも感じない。走っているからか息が上がるのがわかる。
「鈴。」
「な、に__」
ずっと見守っていた望が私の手をぎゅっと握って動きを止める。静かに、と小さく合図がなされ私は息を整えながら耳を澄ませる。
小さな音楽と何かを書くような音、それは私の部屋からしていた。厳密には姉との子供部屋だ。
「この音って、」
「さっきのアニメの音と似てる。」
ゆっくりと私は部屋へと歩く。そこには10歳の私がキラキラと輝くアニメの画面をぼーっと見つめながら何かを書いている。短くなった鉛筆を持ち、自由帳にでも絵を描いているのだろうか。
「手紙、か。」
「手紙?」
望は小さな私の周りを一周するとそんな言葉を呟いた。私も望のほうに回り込めば今描いている自由帳の横に『私へ』と書か畳まれた紙。
「覚えてる?」
「いや……覚えてない、かな。」
記憶の中をいくら練り歩いても私が手紙を書いた記憶がない。10歳だからあるとすれば二分の一成人式のような将来の自分を見据える機会が少しあるぐらいだろうか。
「これは、今の鈴に必要なもの。」
テーブルの上に置いてあった手紙を望は拾い上げ私に差し出す。小さな折り込まれていた紙を私は受け取る。開けてみれば将来の自分に向けてのメッセージのようだった。
『元気ですか?今も笑顔で生きていますか?私は普通の小学生です。今のところ夢もありません。友達みたいに何かできたことも特別好きなところもありません。でも私に一つだけ夢があります。』
「夢、鈴の?」
「そう、だね。私何かいたんだろう。」
二枚重なっている紙、小説を見て次のページを見たくなる感覚に近い。次の文章を読み始める。
『それは、誰かを笑顔にできる人になること。みんなみたいにキラキラとしたものじゃないけれど、私は誰かを笑顔にできるような素敵な大人になりたいです。私も頑張るから、見たときの私も頑張ってね。私より』
「『誰かを笑顔にできる人』……」
とてもふわふわとしたスポンジみたいな夢だ。具体的な夢に比べれば不安定で面白いほど意味はないのだろう。
「腑に落ちたって顔してるね。」
望が横から私の顔を覗き込む。手に滲んだ少量の私の汗が紙に吸収されてゆく。望から見れば私はそんな表情をしているのだろうか、自分じゃ自分の顔なんてわからないものだ。
「じゃあ、これが?」
「そうだね、運命の夢。」
「__腑に落ちはしたけど、なんだか複雑かも。」
「具体的じゃないからこそ、無限の可能性じゃない?」
「無限?」
私が気になって望のほうを振り向けば、にこやかに笑う望の横顔と空に手を伸ばす姿が見える。
「何かに縛られず、ただ信念として夢を掲げる……何物にもなれる、それが鈴。」
「それが、私__」
「帰ろうか。その手紙は鈴のもの、しっかり握って。」
望はマッチに火を付け、雑に窓から放り投げた。
「この記憶は誰のものだったんだろう、世界を全て憎むような記憶には見えなかったけど。」
小さく呟く声がそばから聞こえる。雑という言葉が似合うようなしぐさで鈴を鳴らせば少しだけ濁った音に聞こえた。真っ暗になっていく視界、いつしかアニメを見ている小さな私も飲み込まれていた。目をつむって風が通り過ぎるのを待つ。
重くなった瞼を開ければ『夢散る木』の前に来ていた。いつも通り大きな葉を掲げ太陽に透かされ葉脈が顔を出して光を木漏れ日に変えているところ。
「鈴、お疲れ様。」
「……珍しいね。」
なんだか嫌な予感がした。私に労いの言葉などあまり言われなかったしそんなに神妙な顔つきで言われたこともない。私の手のひらには手紙がそのまま収まっている。
「勘づかれたかな。」
あっけらかんと笑って望は作っていたであろう表情を閉まった。強い風が吹き、びゅーとありきたりな音が頬を掠めた。
「さあ、それがあなたの夢。__これを渡したくて。」
手、だして。と望が促す、私は右手を差し出した。
「これだけ、持って帰って。」
指に何かを嵌められた。じっと見ればそれが指輪だと知る、銀色のリングで装飾らしい装飾もない。強いて言えば小さな鈴が彫ってあることだろうか。
「いいの?」
「勿論、仕事手伝ってもらったし。餞別……というかお給料みたいなもの。」
「それって__」
私は声に出そうとした音が喉元で掠れ消えていくのを感じる。それはもう二度と会えないここに来れないみたいじゃないか。望は私が言いたいことを悟ったのか何も言わず、ごめんと言いたげに目を伏せた。
「望、ありがとう。」
私の言葉にも曖昧に頷くだけ。なにも言ってはくれない。大きな、本当に大きな風が吹いて目の前がくすんだ。この世界から帰るときに同じことが何度も起こった。もう慣れたような風だ。
「鈴__」
耳元でささやかれたようなはっきりとした声だった。瞳を開ければ私の部屋でベッドの上、小鳥が楽しそうに朝を奏でていた。
指輪は私の右手の人差し指にはめ込まれたままで、手紙は枕元に置かれている。それだけが私の体験が夢ではないと証拠づけているものに間違いがない。

