それからというもの寝るたびに『夢散る場所』に案内されるようになった。毎日毎日、一つから二つぐらいのペースで望の手伝いをしている。段々と慣れてきて私もマッチをつけたり鈴を鳴らしたり。どうにか毎回『夢散る木』の場所に帰ってこれる。
いろいろな夢があった。警察官になりたい、あの人みたいに歌いたい、お父さんを笑顔にしたい、あの大学に行きたい__
夢は職業だけじゃない、本当は誰かにしてあげたかった想いを持つ人も夢に向かうための夢が叶わず挫折していく人も。沢山の記憶を見て回った。苦しい記憶が多かった。当たり前かもしれない。自分の指標が自分の夢が散るときなんて笑顔で終われるはずがないのだ。
でも、苦しい記憶を見続けるのも苦しみの原因に火を落とすのも私には重い。
「望、最後笑顔で終わる散った夢はないの?」
そんなことを聞くなんて、とは思っていた。それでも聞いてみたかった。
「__突然だね。」
まるで私の様子を窺うように望はまんじゅうを食べる手を止めた。
「あったよ。あったけど、苦しいのには変わりない。」
一呼吸言葉を選ぶように望は間を開ける。
「夢を散らしてでも笑顔で終われる状況はとても限られている。例えば幼い子の夢とか。」
「幼い子……?」
「小さな頃ってみんな夢が似通っているだろう?ケーキ屋さんになりたい、お嫁さんになりたい、お医者さんになりたい、とかね。」
私は自分が幼稚園に通っていた頃を思い出す、確かに廊下に張られたみんなの夢を綴るコーナーは女子全員がケーキ屋さんと書くような勢いだった。私が頷けば望は話を続ける。
「そういう夢は新しい夢を見つければその夢は必要がなくなる。散った夢の仲間入り。」
「散った夢、のカウントになるんだ。」
「散った、より忘れられたが正しいかな。その場合は原因が次の夢、になる。」
どうなると思う?と言いたげに望は私に視線を移した。
「……確かに新しい夢に火をつけるのは気分良くないかも。」
「そう、だからあたしはこの仕事嫌いなんだなー」
「嫌いなの?」
初めて聞いた仕事への本音だった。ここは異世界、異世界ではなくとも明らかに現実ではないし非日常の場所だ。石畳の上に望はすべてを投げ出すように寝転がった。
「嫌い、嫌いだよ。こうやったってあたしができるのは散った夢の重さを肩代わりすることだけ。でもあたしがしたって思われるわけじゃないし気分がいい仕事でもない。」
「重さの肩代わり……」
そういえば佐奈ちゃんの夢を浄化した後、表情が明るくなった気がする。部活への熱中度が上がりつつも看護師の勉強本を買い休憩時間はそれを読みながらも器用に話をしてくれる。
大きな荷物を一人で背負うな、預けろ。なんて言葉があるけれど大きくてずるずると引きずっていた荷物を望が軽くなるよう背負っていてるようなものだろうか。
「でも、ある時起きてからあたしはここにいるしかない。いつの間にか仕事も頭の中に入ってた。」
「そうなんだ、じゃあ辞めちゃいたい?」
「辞めたらここが回らない、それにやらなきゃいけないとか役目があるとかそれだけでも幸せだからさ。」
本音かそうじゃないのかふわっと言葉を連ね、望はすくっと起き上がる。
「さあ、仕事に行こうか。」
「わかった。」
まだ石畳に座っている私の手を望は引く。
もう私が目をつむらなくても記憶にはたどり着けるらしいのだが、雰囲気に慣れなくて私は目をつむる。
しばらく歩けば石畳の足音は何か硬いゴムを押すような感覚になり音が消える。何か荷車を押すような音が聞こえ小さな車輪が懸命に回っているようだ。ツンと鼻に刺さる消毒液のアルコール臭少し騒めきつつも静かでどこかシーンとした雰囲気。
「病院?」
「そうみたい。ここは小児病棟かな。」
望の声で私は瞼を開ける。確かにそこは小児病棟で小さな入院着を着た子供がそばを駆けてゆく。真っ白な壁には柔らかいパステルカラーで描かれたポスターが並び、折り紙や画用紙で作られた子供向けキャラクターが殺風景な白色を埋めるように置かれていた。
点滴を付けたり車いすだったり、だが全員表情は明るくここが病院であることの証明はシンプルな入院着と病院独特の匂いだけだ。
「この病室かな。」
慣れたように望は足を進めある一つの病室の前に立ち止まった。
「多いの?こういう病院に飛ぶこと。」
「少なくはない。理由はもう、わかるだろう?」
そう言って私に向ける表情は寂しそうでそれ以上話をさせないでくれ。と目を伏せた。
「……そうだね。」
病室の前に書かれた名前、それは見覚えの或るものだった。
「西中 優香」
「知り合い?」
「知り合いって程じゃないよ。クラスメイトだから名前がわかるだけ。」
「そう。」
この文字をここで見ることになるとは思わなかった。佐奈ちゃん以来の知り合いの記憶。
ガラガラと引き戸があく、西中さんの病室から出てきたのは看護師さんのようだ。
「閉まる前に入ってしまおう。」
望に手を引かれ私は部屋の中へと進む。廊下より濃い消毒液の匂いが充満し点滴が二つ下げられ、腕に針を刺された少女が一人大きなベッドの上で小さな体を委ねていた。
ベッドを椅子のように使い、だらんと上半身は前のほうに垂れ細く青白い腕だけがまっすぐテーブルに乗っかっている。
「西中、さん……」
私が小さく言葉を呟くがこちらを認識することもなく、机に顔を突っ伏したままだ。
「夢は__画家、ねぇ……」
望が独り言のようにそういい、西中さんのベッドの横にあるパイプ椅子に腰を落とす。耳障りのよくない音が鳴る。
「何で夢を散らした?病気?それともここの病院?」
声が届くわけもないのに望はそんな言葉を続けた。まるで話すように会話を試みるように。
「__だ、」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」
突然西中さんから大声が漏れる、それは病人が発するような大きさではない。大音量で映画を流してしまったような空気の揺れ方。
「こんなもの、なかったらよかったのに……」
顔を上げた西中さんは目元が赤く腫れあがり白い肌に目立っていて、一人の病室で空を睨んでいた。
また堰を切ったように泣き出し、西中さんは上を向いて目元を覆い声を殺した。
机の上にはビリビリに破かれた賞状と賞を取ったイラスト。ビビッドなカラーが無機質なテーブルに散らばっている思わずビクッと私の体が揺れ動いた。
「なかった……ら?」
声は震え、小さくまるで幼子のような言葉を反復する声が私から発せられる。
「厄介なものを手にしてしまった。そうなんだね。」
望は声色を変えず散らばったビビットカラーを数個掴む。花弁でも集めるように手のひらに集め、パーティーの紙吹雪のように上に投げた。
窓は締め切られ風はなく、ふわっと重力に逆らった後無慈悲に床に散りばめられる。その様子さえ望は平然と見つめていた。
「これに火をつければいい、わけじゃないんだ。」
自分に言い聞かせるようなぼそっとした声だった。望はじっと西中さんのほうを捉えツンとした消毒液の匂いに顔をしかめているよう。
「絵をずっと、描きたかっただけなのに……描けないなら才能も描きたい気持ちもなかったらよかった__!」
「西中さん……」
私は声をかけるにかけれず行き先をなくした右腕だけが中途半端に重力に逆らった。
絶対に西中さんの気持ちを分かってあげることはできない。ここは記憶だ、干渉することも絶対にない。私は友達でもないしなんなら初めまして。寄り添ってあげられるような優しい気持ちも、なんでも受け止めれるような大海の心も、共感できるような辛かったことも、励ますような権利も、諦めるなと説き伏せることも。なにも、何もできない。
口がだらしないほどぽかんと空き、きっと間抜けな表情をしている。
「__っ!」
何も思いつかなくて、でも何かを言いたくて。開いた口からは張り詰めた空気が漏れるだけ。西中さんがボソッと口を開く。
「こんなの、望んでないよ……」
「望んで、か。」
私のことも西中さんのこともただただ見ていた望がすっと言葉を発した。それは冷たくて望のものと思えない気持ちの悪い声。真冬のように空気が凍る、唇が乾燥し口を開けようとすればピリッとさける。
「あなたが、散らしたんだね。この夢は。」
西中さんにそういい放つとおもむろにマッチを取りだす。
「望、なにして……」
「何って、浄化だよ。」
「で、でもそれは西中さんで、」
「この夢を散らしたのは病気でも、病院でもない。」
「違うの?じゃあ、賞状とか、作品とか__!」
「違うんだよ、鈴。」
私の必死の言葉を切り捨てるように凛とした声が響いた。ぼしゅっと音がしてマッチに火が付く、燃えるのはマッチ棒と原因だけ。淡くでもハッキリとした赤く赤く肌がいたくなるような炎。
「この子をあきらめさせたのはこの子自身。」
「……え?」
「この子自身が諦めてしまった。病気でも必死に食らいつけば見えるかもしれないのに、たとえ寿命が決まっていようと。」
「でも、そんなこと__」
「できっこない?本当にそう?」
「それ、はっ」
段々と声が小さくなり雰囲気にかき消され、私の声も弱くなる。
「夢はね、外的要因で消えるばかりじゃない。どうあろうと最終決定は自分、自分でこうやってあきらめていく子、多い。」
何かの童話を読み上げるように望は言う、火がマッチ棒の上で激しく燃えている。軽々と炎は西中さんに投げられ、写真が紙が燃えるように広がった。すすり泣くような声がいつしか聞こえなくなり、目の前から姿が消える。
「鈴、お仕事だ。」
固まっていた私に優しく諭すような声だった。もう西中さんは諦めてしまった。ここは改変しようのない場所。浄化してから表情が明るくなった佐奈ちゃんのことを思い浮かべ、私は息を整える。どうか、どうかあんな顔もう二度としないで、と。
鈴を三回鳴らし、目を強くつむる。
音が匂いが消えていく、病院特有の静けさと騒がしさが遠ざかっていく。
「さあ、ついた。鈴、鈴!」
そこまで名前を呼ばれてハッと我に返る、瞳を開ければ眩しいぐらいの光と葉っぱ同士がこすれあい音楽を鳴らす。
「……望。」
「言い訳だがああするしかなかった。例え苦しみに満ちても諦めなかった夢だけが叶う、そういう世界だから。」
「望が悪いとは思ってないよ。でも、何かできなかったのかなって、少しだけそう思う。」
浄化の時とは一変し悲しそうに下を向く望に対して私は自分の気持ちを吐露する。これしかできない。私に特別なものはない、夢はない。ただの凡人で望のようにすごい仕事も佐奈ちゃんのようにただひたすらに前を向くことも西中さんのように突出したものがあるのも、それが壊されるのも、なにもなにも経験していない。だから私が紡げるのは声と言葉と気持ちだけだ。
「できることはある。やりたいと思ったこと全てやってみたらいい。鈴は会いに行けるのだから。」
「そう、だよね。」
私が望に同意すれば嬉しそうに桜のような柔らかい笑みを望は浮かべる。
「きっと、いい結果がまってるから。」
いろいろな夢があった。警察官になりたい、あの人みたいに歌いたい、お父さんを笑顔にしたい、あの大学に行きたい__
夢は職業だけじゃない、本当は誰かにしてあげたかった想いを持つ人も夢に向かうための夢が叶わず挫折していく人も。沢山の記憶を見て回った。苦しい記憶が多かった。当たり前かもしれない。自分の指標が自分の夢が散るときなんて笑顔で終われるはずがないのだ。
でも、苦しい記憶を見続けるのも苦しみの原因に火を落とすのも私には重い。
「望、最後笑顔で終わる散った夢はないの?」
そんなことを聞くなんて、とは思っていた。それでも聞いてみたかった。
「__突然だね。」
まるで私の様子を窺うように望はまんじゅうを食べる手を止めた。
「あったよ。あったけど、苦しいのには変わりない。」
一呼吸言葉を選ぶように望は間を開ける。
「夢を散らしてでも笑顔で終われる状況はとても限られている。例えば幼い子の夢とか。」
「幼い子……?」
「小さな頃ってみんな夢が似通っているだろう?ケーキ屋さんになりたい、お嫁さんになりたい、お医者さんになりたい、とかね。」
私は自分が幼稚園に通っていた頃を思い出す、確かに廊下に張られたみんなの夢を綴るコーナーは女子全員がケーキ屋さんと書くような勢いだった。私が頷けば望は話を続ける。
「そういう夢は新しい夢を見つければその夢は必要がなくなる。散った夢の仲間入り。」
「散った夢、のカウントになるんだ。」
「散った、より忘れられたが正しいかな。その場合は原因が次の夢、になる。」
どうなると思う?と言いたげに望は私に視線を移した。
「……確かに新しい夢に火をつけるのは気分良くないかも。」
「そう、だからあたしはこの仕事嫌いなんだなー」
「嫌いなの?」
初めて聞いた仕事への本音だった。ここは異世界、異世界ではなくとも明らかに現実ではないし非日常の場所だ。石畳の上に望はすべてを投げ出すように寝転がった。
「嫌い、嫌いだよ。こうやったってあたしができるのは散った夢の重さを肩代わりすることだけ。でもあたしがしたって思われるわけじゃないし気分がいい仕事でもない。」
「重さの肩代わり……」
そういえば佐奈ちゃんの夢を浄化した後、表情が明るくなった気がする。部活への熱中度が上がりつつも看護師の勉強本を買い休憩時間はそれを読みながらも器用に話をしてくれる。
大きな荷物を一人で背負うな、預けろ。なんて言葉があるけれど大きくてずるずると引きずっていた荷物を望が軽くなるよう背負っていてるようなものだろうか。
「でも、ある時起きてからあたしはここにいるしかない。いつの間にか仕事も頭の中に入ってた。」
「そうなんだ、じゃあ辞めちゃいたい?」
「辞めたらここが回らない、それにやらなきゃいけないとか役目があるとかそれだけでも幸せだからさ。」
本音かそうじゃないのかふわっと言葉を連ね、望はすくっと起き上がる。
「さあ、仕事に行こうか。」
「わかった。」
まだ石畳に座っている私の手を望は引く。
もう私が目をつむらなくても記憶にはたどり着けるらしいのだが、雰囲気に慣れなくて私は目をつむる。
しばらく歩けば石畳の足音は何か硬いゴムを押すような感覚になり音が消える。何か荷車を押すような音が聞こえ小さな車輪が懸命に回っているようだ。ツンと鼻に刺さる消毒液のアルコール臭少し騒めきつつも静かでどこかシーンとした雰囲気。
「病院?」
「そうみたい。ここは小児病棟かな。」
望の声で私は瞼を開ける。確かにそこは小児病棟で小さな入院着を着た子供がそばを駆けてゆく。真っ白な壁には柔らかいパステルカラーで描かれたポスターが並び、折り紙や画用紙で作られた子供向けキャラクターが殺風景な白色を埋めるように置かれていた。
点滴を付けたり車いすだったり、だが全員表情は明るくここが病院であることの証明はシンプルな入院着と病院独特の匂いだけだ。
「この病室かな。」
慣れたように望は足を進めある一つの病室の前に立ち止まった。
「多いの?こういう病院に飛ぶこと。」
「少なくはない。理由はもう、わかるだろう?」
そう言って私に向ける表情は寂しそうでそれ以上話をさせないでくれ。と目を伏せた。
「……そうだね。」
病室の前に書かれた名前、それは見覚えの或るものだった。
「西中 優香」
「知り合い?」
「知り合いって程じゃないよ。クラスメイトだから名前がわかるだけ。」
「そう。」
この文字をここで見ることになるとは思わなかった。佐奈ちゃん以来の知り合いの記憶。
ガラガラと引き戸があく、西中さんの病室から出てきたのは看護師さんのようだ。
「閉まる前に入ってしまおう。」
望に手を引かれ私は部屋の中へと進む。廊下より濃い消毒液の匂いが充満し点滴が二つ下げられ、腕に針を刺された少女が一人大きなベッドの上で小さな体を委ねていた。
ベッドを椅子のように使い、だらんと上半身は前のほうに垂れ細く青白い腕だけがまっすぐテーブルに乗っかっている。
「西中、さん……」
私が小さく言葉を呟くがこちらを認識することもなく、机に顔を突っ伏したままだ。
「夢は__画家、ねぇ……」
望が独り言のようにそういい、西中さんのベッドの横にあるパイプ椅子に腰を落とす。耳障りのよくない音が鳴る。
「何で夢を散らした?病気?それともここの病院?」
声が届くわけもないのに望はそんな言葉を続けた。まるで話すように会話を試みるように。
「__だ、」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」
突然西中さんから大声が漏れる、それは病人が発するような大きさではない。大音量で映画を流してしまったような空気の揺れ方。
「こんなもの、なかったらよかったのに……」
顔を上げた西中さんは目元が赤く腫れあがり白い肌に目立っていて、一人の病室で空を睨んでいた。
また堰を切ったように泣き出し、西中さんは上を向いて目元を覆い声を殺した。
机の上にはビリビリに破かれた賞状と賞を取ったイラスト。ビビッドなカラーが無機質なテーブルに散らばっている思わずビクッと私の体が揺れ動いた。
「なかった……ら?」
声は震え、小さくまるで幼子のような言葉を反復する声が私から発せられる。
「厄介なものを手にしてしまった。そうなんだね。」
望は声色を変えず散らばったビビットカラーを数個掴む。花弁でも集めるように手のひらに集め、パーティーの紙吹雪のように上に投げた。
窓は締め切られ風はなく、ふわっと重力に逆らった後無慈悲に床に散りばめられる。その様子さえ望は平然と見つめていた。
「これに火をつければいい、わけじゃないんだ。」
自分に言い聞かせるようなぼそっとした声だった。望はじっと西中さんのほうを捉えツンとした消毒液の匂いに顔をしかめているよう。
「絵をずっと、描きたかっただけなのに……描けないなら才能も描きたい気持ちもなかったらよかった__!」
「西中さん……」
私は声をかけるにかけれず行き先をなくした右腕だけが中途半端に重力に逆らった。
絶対に西中さんの気持ちを分かってあげることはできない。ここは記憶だ、干渉することも絶対にない。私は友達でもないしなんなら初めまして。寄り添ってあげられるような優しい気持ちも、なんでも受け止めれるような大海の心も、共感できるような辛かったことも、励ますような権利も、諦めるなと説き伏せることも。なにも、何もできない。
口がだらしないほどぽかんと空き、きっと間抜けな表情をしている。
「__っ!」
何も思いつかなくて、でも何かを言いたくて。開いた口からは張り詰めた空気が漏れるだけ。西中さんがボソッと口を開く。
「こんなの、望んでないよ……」
「望んで、か。」
私のことも西中さんのこともただただ見ていた望がすっと言葉を発した。それは冷たくて望のものと思えない気持ちの悪い声。真冬のように空気が凍る、唇が乾燥し口を開けようとすればピリッとさける。
「あなたが、散らしたんだね。この夢は。」
西中さんにそういい放つとおもむろにマッチを取りだす。
「望、なにして……」
「何って、浄化だよ。」
「で、でもそれは西中さんで、」
「この夢を散らしたのは病気でも、病院でもない。」
「違うの?じゃあ、賞状とか、作品とか__!」
「違うんだよ、鈴。」
私の必死の言葉を切り捨てるように凛とした声が響いた。ぼしゅっと音がしてマッチに火が付く、燃えるのはマッチ棒と原因だけ。淡くでもハッキリとした赤く赤く肌がいたくなるような炎。
「この子をあきらめさせたのはこの子自身。」
「……え?」
「この子自身が諦めてしまった。病気でも必死に食らいつけば見えるかもしれないのに、たとえ寿命が決まっていようと。」
「でも、そんなこと__」
「できっこない?本当にそう?」
「それ、はっ」
段々と声が小さくなり雰囲気にかき消され、私の声も弱くなる。
「夢はね、外的要因で消えるばかりじゃない。どうあろうと最終決定は自分、自分でこうやってあきらめていく子、多い。」
何かの童話を読み上げるように望は言う、火がマッチ棒の上で激しく燃えている。軽々と炎は西中さんに投げられ、写真が紙が燃えるように広がった。すすり泣くような声がいつしか聞こえなくなり、目の前から姿が消える。
「鈴、お仕事だ。」
固まっていた私に優しく諭すような声だった。もう西中さんは諦めてしまった。ここは改変しようのない場所。浄化してから表情が明るくなった佐奈ちゃんのことを思い浮かべ、私は息を整える。どうか、どうかあんな顔もう二度としないで、と。
鈴を三回鳴らし、目を強くつむる。
音が匂いが消えていく、病院特有の静けさと騒がしさが遠ざかっていく。
「さあ、ついた。鈴、鈴!」
そこまで名前を呼ばれてハッと我に返る、瞳を開ければ眩しいぐらいの光と葉っぱ同士がこすれあい音楽を鳴らす。
「……望。」
「言い訳だがああするしかなかった。例え苦しみに満ちても諦めなかった夢だけが叶う、そういう世界だから。」
「望が悪いとは思ってないよ。でも、何かできなかったのかなって、少しだけそう思う。」
浄化の時とは一変し悲しそうに下を向く望に対して私は自分の気持ちを吐露する。これしかできない。私に特別なものはない、夢はない。ただの凡人で望のようにすごい仕事も佐奈ちゃんのようにただひたすらに前を向くことも西中さんのように突出したものがあるのも、それが壊されるのも、なにもなにも経験していない。だから私が紡げるのは声と言葉と気持ちだけだ。
「できることはある。やりたいと思ったこと全てやってみたらいい。鈴は会いに行けるのだから。」
「そう、だよね。」
私が望に同意すれば嬉しそうに桜のような柔らかい笑みを望は浮かべる。
「きっと、いい結果がまってるから。」

