今日も今日とて平凡な日だった。そう思いながら大雪の中帰宅する。昨日降り始めた雪は一瞬でピークに達し数センチ積もろうかというところまで来ていた。
足元に薄く積もった雪が歩くたびに音をたてた。昨日の夢を忘れられず、鈴の音が頭の中でループした。
夜になっていざ寝ようとベッドに横になればまた大きな鈴の音が鳴る。まるで隣でならされているよう。確認しようとするも瞼を開けることができない。意識が歪み真っ黒に塗りつぶされた。
「鈴、いらっしゃい。」
昨日聞いた声が耳元で響く。瞳を開ければあの少女が昨日と同じ巫女姿で立っている。私はまた『夢散る木』の前にいた。
「えっと……」
名前がわからずどうでもいい接続詞で繋ぐ。
「あたしの名前は望。好きに呼んで。」
「__望?」
私がそう言葉にすれば満足そうに望は笑った。手には鈴が付いた腕輪を持ち、それが聞こえた鈴の音だと悟った。腕輪は望の腕には大きいようでうまくつけられずぎゅっと握っていた。
「じゃあ、手伝ってくれる?」
嬉しそうに望は私にそう問いかけた。そういえば昨日もそんなことを言われていたと思い出す。またここにきてしまったし私にはやるべきことも何もない。自分が頼られる状況というのが少しうれしく静かに縦に首を振った。
「やった。ありがとう。」
望はそう言ったと思えば霧の中に走って行ってしまった。追いかけようと足を動かそうとすればなぜか固まって動かない。私の目の前に佇む『夢散る木』がまるで動くなと言っているようだ。
チリンチリンと薄く聞こえた鈴の音が近くなり大きくなっていく。
「鈴、これつけてて。」
楽しそうに望はそう言って私にお揃いであろう鈴をつける。手をくるくると回せば望が歩いた時と同じ音が響く。
「これで一緒にお仕事できる。」
「お仕事……?」
「うん、鈴には散った夢の記憶を伝い浄化するお仕事を手伝ってもらうから。」
「夢、記憶、浄化……?」
わかるようなわからないような単語が何度も繋げられる。
「時間がないし、目的地に向かいながら話す。」
そう言葉を放った望はまたどこからかランプを取り出す。すると優しい手で私の目を覆う。
「また目を閉じて私の音がするほうに歩いてきてね。」
「わかった……」
優しい声と鈴の音が同時に聞こえる。昨日と同じように私は目を閉じ望の着物の袖をつかんで鈴の音を辿る。
聞こえていたのは望からする鈴の音と石畳を踏みつける音だったのが段々と人の声が聞こえそして車のエンジン音まで聞こえた。
「……ここで、いいかな。」
「鈴、ついたよ。」
望が私のほうへと振り向いたのか大きく鈴の音が聞こえて、瞼を開ける。
「ここは、歩道橋?」
そこは私の住んでいる町でそこにある大きな歩道橋で間違いがない。
少し薄暗いが夜中などではない。
歩道橋の上にいつの間にか私は立っている、隣にいるのは望。
「そう、見覚えがある?」
私は強く首を縦に振る。周りの人々は私たちのことは見えていないようですーっと横を通り過ぎる。
「……なら、話が早い。」
「私は何をすればいいの?」
「ここは、夢の記憶。記憶を伝い役目を終えた夢を浄化するの。」
「浄化って……夢ってキラキラしてるんじゃ。」
言葉の響きでもそうだ。夢は輝きを放つ綺麗なもの。浄化という言葉にはそぐわない。
「そう、鈴は『夢にも夢』を持ってるんだね。」
「えっと……?」
「簡単なこと、夢は呪いになりうるから。」
「呪い……」
簡単に望がつぶやいた言葉はあまりいいものではなかった。鈴の音がもう一回聞こえ、周りの様子が一転する。
少し時間が進んだのだろうか周りから聞こえた声は変わり小さな子供に目が行く。
お祭りの会場のようで浴衣を纏った小さな少女が私たちの横を通り過ぎた。
「さあ、あの子。……鈴にはここで見てもらおうかな。」
小さな少女をまっすぐと望は指さした。少女は歩道橋を楽しそうに駆け下りていくところ。
「ここに、いればいいの?」
望に問いを投げかければ小さな頷きが返ってくる。
「ちゃんと見てるんだよ。」
望はそう言ったかと思えば歩道橋から飛び降りる。飛び降りるといってもその光景は一瞬で空気に揺蕩うように望の小さな体は落下をやめる。
「ここは、夢の記憶ここでならなんたってできる。」
連動するように花火が舞い、空気に輝きを落とす。近い場所であげられているようで雷のような衝撃音が鼓膜に鳴り響く。空気に残った火薬が鼻腔をくすぐる。
大きな深紅が暗闇に現れる。数秒遅れてくる破裂音でハッと我に返る。
少女はすっかり歩道橋を下り終え、道を歩いていた。手元にはリードがつながれていて柴犬を連れているようだ。犬もおめかしが施されまるで祭りに参加しているよう。
笑みを浮かべる少女と少女のペースに合わせぴったりとくっついた柴犬。
「あの少女の夢は、『獣医になること』。」
「獣医、」
いつの間にか望は私のほうを向き、顔をゆがめてそういった。夢が散った場所、呪いになりうる夢、ここは散った夢の記憶。すべてを照らし合わせればこれから悲劇が待ち受けることを意味している。
少女は後ろを歩いていた小さな男の子と会話をしているようだった。その少年はお面を手に持ち楽しそうに笑みを浮かべる。そのお面が風にあおられ手から離れ、道路に着地する。
車が少ない時間ということもあって道路は真っ暗。少女は何かを決意したように道路へと足を進めた。
「あっ、ぶな_!」
思わず声を発してしまった。
後ろから猛スピードを出したトラックが近づいていたから。眩しいスポットライトのような光も背を向けた少女には届かない。道路で待っていた少年は口を呆然と開けている。周辺の人物も必死に声をかけようとしているが間に合わないだろう。
運転手も気づいたのか必死にブレーキを踏む、タイヤのゴムとアスファルトが擦れブレーキ音があたりに鳴り響いた。
ああ、もうだめだ。
反射で私は目をつむる。
ドン、と鈍い衝撃音がした。ざわざわと耳の奥で野次馬の声が聞こえる。
酷く耳を突き刺す泣き声が私に届く。
「__!!!!」
何かの名前を呼ぶ声、これはきっと少女の声。無事なのだろうか。私は恐る恐る目を開ける。
「え__」
私の瞳に映ったのは赤い血だまりだった。アスファルトにあふれ出す赤色は少女のものではなかった。
柴犬が飼い主である少女をかばうように倒れ、血の海の中心に力なく瞳を閉じていた。少女は綺麗な浴衣を汚しながら何度も何度も柴犬の名前を呼んでいる。叫び声に近い絶叫でただただ名前を呼び続ける。
それでも瞳が輝くことがない。
私は走り出していた。歩道橋から降りて、ここで見てと言われていたのに。少女に干渉できなくても私の声が届かなくても、それでもいいから。
「…佐奈ちゃん?」
その少女は佐奈ちゃんで間違いはないだろう。小さな町、小学校中学校と同じ学校で名簿に名前があったのを覚えている。幼馴染などではなくて、高校で初めて会話を交わした。それでも何度かすれ違うこと友達の友達でしれっと同じ鬼ごっこをしたり。
綺麗な茶髪と幼くとも美麗な瞳とスタイル。佐奈ちゃんそのものだった。
「知り合い?」
「うん……こんな、ことが。」
いつの間にか隣には望がいた。言葉を詰まらせる私の顔を覗き込んで、しばらくジーっと見つめられていた。
「__鈴と一緒に来たから鈴に関連のある人の夢だったかもね。」
他人事のように__なんて表現したくなるような声色でささっと望は言ってのける。といっても望にとっては他人事だし共感してほしいというのは私のただのわがままだ。
「それで、佐奈ちゃんはやめちゃったの?獣医になることを?」
私の問いかけに望は頷いた。
「目の前で愛犬が亡くなり、自分は何もできなかったし自分のせいだって思いつめたんだろう。そんな自分がこの夢を追っていいのかきっと葛藤があったろうね。」
少し望は寂しそうな優しい表情を浮かべ、佐奈ちゃんの頭を優しくなでた。こちらのことは認識されていない、佐奈ちゃんは涙を流し続けていた。
「そんな顔、するもんじゃない。現在の少女の様子、鈴なら知っているだろう?」
佐奈ちゃんの頭を撫でた時と同じ顔で静かに私の頬を望は撫でた。いつの間にか私はひどい顔をしていたようだ。
「……佐奈ちゃんは、明るくて今は部活に必死で、看護師になりたいって__」
そうだ、とっくに佐奈ちゃんはこの気持ちを乗り越えていた。助けられたから今度は助けたい、命を助けて笑顔を配る。確かそう言っていた。
「なら、よかった。夢は散るがそれはダメなことばかりじゃない。こうやって未来に続くんだから。」
望はどこか遠くを見ていた。私ではなく佐奈ちゃんでもなくそのほかの誰でもなにでもなく。
「さあ、浄化しよう。……もう乗り越えたものは散った夢ではなくただの思い出。」
どこからか小さなマッチを望は取り出した。慣れたように火をつけ、血だまりに投げた。道のはずなのに写真を燃やすように消えてゆき、燃え切った場所は黒い深い溝になる。
鈴を三回鳴らし、望は目をつむった。見よう見まねで私も目をつむり、知らなかった佐奈ちゃんの過去に思いをはせた。
騒がしかった空気も泣き声もいつしか聞こえなくなり、涼しい風と甘ったるい花の香。
「帰って来た。」
望が呟いた言葉で私も目を開ける。『夢散る木』の前に立っていた。心なしか透明にも思えるほど葉がキラキラと輝く。
「鈴、お仕事の内容はわかった?」
「わかったけど、あれって夢が散る瞬間を見届ける……だけ?」
望は少し困ったように時間を置く。悪戯に風が葉を花弁を浮かす。
「……だけって、よく簡単に言う。あんな情景がこの木には何千、何万と詰まっているから。」
「そう、だよね、ごめん。」
「鈴が謝ることじゃない。鈴の反応で思い出したよ、この作業をずっとしていてあたしも狂ってるのかもね。」
大木は緩やかに風に合わせて揺れ、美しさすら感じる。だけれどこの木に記憶が籠っているのなら、きっと望が言うように苦しいことが多いのだろう。
「あとはこのマッチで燃やす。夢をあきらめる原因になったものが好ましい。」
説明文を読み上げるように望は言葉を続ける。
「その後、鈴を三回鳴らし夢、思い出、情景、夢を持った人の人柄。なんでもいいから夢に寄り添う。そうすればここに帰ってこれる。」
「帰ってこれたら終わり?」
「そう、無事に帰ってこれるまでが浄化の仕事。」
「帰って、これなかったら?」
興味本位の質問だった。怖いもの見たさ、というやつだろう。望は悪戯っぽくニヤッと笑みを浮かべ、私に小さく耳打ちをする。
「あたしもわからない。どうなるのかな?」
「……知らないの?」
「知らない。だって毎回帰ってこれるんだもの。」
話の腰を折るように匙を投げるように望は会話を切り上げる。
「今日は手伝ってくれてありがとう。また、来てくれる?」
いつの間にか私も着物を着てもらった鈴の腕輪と袖の中に望と同じマッチが入っている。仕事着、という奴だろうか。
『夢散る木』を睨むように見つめれば、頑張れ、と他人事に言わんばかりに愉快に枝を揺らしている。
「__ここに来れたらね。」
「大丈夫、来れるよ。鈴だから。」
ニコッと望は笑顔を浮かべ私に向けて言葉を発する。
「私、だから?」
「うん、鈴だから。じゃあね、また。」
望の言葉が合図のように意識がプツンと途切れる。
足元に薄く積もった雪が歩くたびに音をたてた。昨日の夢を忘れられず、鈴の音が頭の中でループした。
夜になっていざ寝ようとベッドに横になればまた大きな鈴の音が鳴る。まるで隣でならされているよう。確認しようとするも瞼を開けることができない。意識が歪み真っ黒に塗りつぶされた。
「鈴、いらっしゃい。」
昨日聞いた声が耳元で響く。瞳を開ければあの少女が昨日と同じ巫女姿で立っている。私はまた『夢散る木』の前にいた。
「えっと……」
名前がわからずどうでもいい接続詞で繋ぐ。
「あたしの名前は望。好きに呼んで。」
「__望?」
私がそう言葉にすれば満足そうに望は笑った。手には鈴が付いた腕輪を持ち、それが聞こえた鈴の音だと悟った。腕輪は望の腕には大きいようでうまくつけられずぎゅっと握っていた。
「じゃあ、手伝ってくれる?」
嬉しそうに望は私にそう問いかけた。そういえば昨日もそんなことを言われていたと思い出す。またここにきてしまったし私にはやるべきことも何もない。自分が頼られる状況というのが少しうれしく静かに縦に首を振った。
「やった。ありがとう。」
望はそう言ったと思えば霧の中に走って行ってしまった。追いかけようと足を動かそうとすればなぜか固まって動かない。私の目の前に佇む『夢散る木』がまるで動くなと言っているようだ。
チリンチリンと薄く聞こえた鈴の音が近くなり大きくなっていく。
「鈴、これつけてて。」
楽しそうに望はそう言って私にお揃いであろう鈴をつける。手をくるくると回せば望が歩いた時と同じ音が響く。
「これで一緒にお仕事できる。」
「お仕事……?」
「うん、鈴には散った夢の記憶を伝い浄化するお仕事を手伝ってもらうから。」
「夢、記憶、浄化……?」
わかるようなわからないような単語が何度も繋げられる。
「時間がないし、目的地に向かいながら話す。」
そう言葉を放った望はまたどこからかランプを取り出す。すると優しい手で私の目を覆う。
「また目を閉じて私の音がするほうに歩いてきてね。」
「わかった……」
優しい声と鈴の音が同時に聞こえる。昨日と同じように私は目を閉じ望の着物の袖をつかんで鈴の音を辿る。
聞こえていたのは望からする鈴の音と石畳を踏みつける音だったのが段々と人の声が聞こえそして車のエンジン音まで聞こえた。
「……ここで、いいかな。」
「鈴、ついたよ。」
望が私のほうへと振り向いたのか大きく鈴の音が聞こえて、瞼を開ける。
「ここは、歩道橋?」
そこは私の住んでいる町でそこにある大きな歩道橋で間違いがない。
少し薄暗いが夜中などではない。
歩道橋の上にいつの間にか私は立っている、隣にいるのは望。
「そう、見覚えがある?」
私は強く首を縦に振る。周りの人々は私たちのことは見えていないようですーっと横を通り過ぎる。
「……なら、話が早い。」
「私は何をすればいいの?」
「ここは、夢の記憶。記憶を伝い役目を終えた夢を浄化するの。」
「浄化って……夢ってキラキラしてるんじゃ。」
言葉の響きでもそうだ。夢は輝きを放つ綺麗なもの。浄化という言葉にはそぐわない。
「そう、鈴は『夢にも夢』を持ってるんだね。」
「えっと……?」
「簡単なこと、夢は呪いになりうるから。」
「呪い……」
簡単に望がつぶやいた言葉はあまりいいものではなかった。鈴の音がもう一回聞こえ、周りの様子が一転する。
少し時間が進んだのだろうか周りから聞こえた声は変わり小さな子供に目が行く。
お祭りの会場のようで浴衣を纏った小さな少女が私たちの横を通り過ぎた。
「さあ、あの子。……鈴にはここで見てもらおうかな。」
小さな少女をまっすぐと望は指さした。少女は歩道橋を楽しそうに駆け下りていくところ。
「ここに、いればいいの?」
望に問いを投げかければ小さな頷きが返ってくる。
「ちゃんと見てるんだよ。」
望はそう言ったかと思えば歩道橋から飛び降りる。飛び降りるといってもその光景は一瞬で空気に揺蕩うように望の小さな体は落下をやめる。
「ここは、夢の記憶ここでならなんたってできる。」
連動するように花火が舞い、空気に輝きを落とす。近い場所であげられているようで雷のような衝撃音が鼓膜に鳴り響く。空気に残った火薬が鼻腔をくすぐる。
大きな深紅が暗闇に現れる。数秒遅れてくる破裂音でハッと我に返る。
少女はすっかり歩道橋を下り終え、道を歩いていた。手元にはリードがつながれていて柴犬を連れているようだ。犬もおめかしが施されまるで祭りに参加しているよう。
笑みを浮かべる少女と少女のペースに合わせぴったりとくっついた柴犬。
「あの少女の夢は、『獣医になること』。」
「獣医、」
いつの間にか望は私のほうを向き、顔をゆがめてそういった。夢が散った場所、呪いになりうる夢、ここは散った夢の記憶。すべてを照らし合わせればこれから悲劇が待ち受けることを意味している。
少女は後ろを歩いていた小さな男の子と会話をしているようだった。その少年はお面を手に持ち楽しそうに笑みを浮かべる。そのお面が風にあおられ手から離れ、道路に着地する。
車が少ない時間ということもあって道路は真っ暗。少女は何かを決意したように道路へと足を進めた。
「あっ、ぶな_!」
思わず声を発してしまった。
後ろから猛スピードを出したトラックが近づいていたから。眩しいスポットライトのような光も背を向けた少女には届かない。道路で待っていた少年は口を呆然と開けている。周辺の人物も必死に声をかけようとしているが間に合わないだろう。
運転手も気づいたのか必死にブレーキを踏む、タイヤのゴムとアスファルトが擦れブレーキ音があたりに鳴り響いた。
ああ、もうだめだ。
反射で私は目をつむる。
ドン、と鈍い衝撃音がした。ざわざわと耳の奥で野次馬の声が聞こえる。
酷く耳を突き刺す泣き声が私に届く。
「__!!!!」
何かの名前を呼ぶ声、これはきっと少女の声。無事なのだろうか。私は恐る恐る目を開ける。
「え__」
私の瞳に映ったのは赤い血だまりだった。アスファルトにあふれ出す赤色は少女のものではなかった。
柴犬が飼い主である少女をかばうように倒れ、血の海の中心に力なく瞳を閉じていた。少女は綺麗な浴衣を汚しながら何度も何度も柴犬の名前を呼んでいる。叫び声に近い絶叫でただただ名前を呼び続ける。
それでも瞳が輝くことがない。
私は走り出していた。歩道橋から降りて、ここで見てと言われていたのに。少女に干渉できなくても私の声が届かなくても、それでもいいから。
「…佐奈ちゃん?」
その少女は佐奈ちゃんで間違いはないだろう。小さな町、小学校中学校と同じ学校で名簿に名前があったのを覚えている。幼馴染などではなくて、高校で初めて会話を交わした。それでも何度かすれ違うこと友達の友達でしれっと同じ鬼ごっこをしたり。
綺麗な茶髪と幼くとも美麗な瞳とスタイル。佐奈ちゃんそのものだった。
「知り合い?」
「うん……こんな、ことが。」
いつの間にか隣には望がいた。言葉を詰まらせる私の顔を覗き込んで、しばらくジーっと見つめられていた。
「__鈴と一緒に来たから鈴に関連のある人の夢だったかもね。」
他人事のように__なんて表現したくなるような声色でささっと望は言ってのける。といっても望にとっては他人事だし共感してほしいというのは私のただのわがままだ。
「それで、佐奈ちゃんはやめちゃったの?獣医になることを?」
私の問いかけに望は頷いた。
「目の前で愛犬が亡くなり、自分は何もできなかったし自分のせいだって思いつめたんだろう。そんな自分がこの夢を追っていいのかきっと葛藤があったろうね。」
少し望は寂しそうな優しい表情を浮かべ、佐奈ちゃんの頭を優しくなでた。こちらのことは認識されていない、佐奈ちゃんは涙を流し続けていた。
「そんな顔、するもんじゃない。現在の少女の様子、鈴なら知っているだろう?」
佐奈ちゃんの頭を撫でた時と同じ顔で静かに私の頬を望は撫でた。いつの間にか私はひどい顔をしていたようだ。
「……佐奈ちゃんは、明るくて今は部活に必死で、看護師になりたいって__」
そうだ、とっくに佐奈ちゃんはこの気持ちを乗り越えていた。助けられたから今度は助けたい、命を助けて笑顔を配る。確かそう言っていた。
「なら、よかった。夢は散るがそれはダメなことばかりじゃない。こうやって未来に続くんだから。」
望はどこか遠くを見ていた。私ではなく佐奈ちゃんでもなくそのほかの誰でもなにでもなく。
「さあ、浄化しよう。……もう乗り越えたものは散った夢ではなくただの思い出。」
どこからか小さなマッチを望は取り出した。慣れたように火をつけ、血だまりに投げた。道のはずなのに写真を燃やすように消えてゆき、燃え切った場所は黒い深い溝になる。
鈴を三回鳴らし、望は目をつむった。見よう見まねで私も目をつむり、知らなかった佐奈ちゃんの過去に思いをはせた。
騒がしかった空気も泣き声もいつしか聞こえなくなり、涼しい風と甘ったるい花の香。
「帰って来た。」
望が呟いた言葉で私も目を開ける。『夢散る木』の前に立っていた。心なしか透明にも思えるほど葉がキラキラと輝く。
「鈴、お仕事の内容はわかった?」
「わかったけど、あれって夢が散る瞬間を見届ける……だけ?」
望は少し困ったように時間を置く。悪戯に風が葉を花弁を浮かす。
「……だけって、よく簡単に言う。あんな情景がこの木には何千、何万と詰まっているから。」
「そう、だよね、ごめん。」
「鈴が謝ることじゃない。鈴の反応で思い出したよ、この作業をずっとしていてあたしも狂ってるのかもね。」
大木は緩やかに風に合わせて揺れ、美しさすら感じる。だけれどこの木に記憶が籠っているのなら、きっと望が言うように苦しいことが多いのだろう。
「あとはこのマッチで燃やす。夢をあきらめる原因になったものが好ましい。」
説明文を読み上げるように望は言葉を続ける。
「その後、鈴を三回鳴らし夢、思い出、情景、夢を持った人の人柄。なんでもいいから夢に寄り添う。そうすればここに帰ってこれる。」
「帰ってこれたら終わり?」
「そう、無事に帰ってこれるまでが浄化の仕事。」
「帰って、これなかったら?」
興味本位の質問だった。怖いもの見たさ、というやつだろう。望は悪戯っぽくニヤッと笑みを浮かべ、私に小さく耳打ちをする。
「あたしもわからない。どうなるのかな?」
「……知らないの?」
「知らない。だって毎回帰ってこれるんだもの。」
話の腰を折るように匙を投げるように望は会話を切り上げる。
「今日は手伝ってくれてありがとう。また、来てくれる?」
いつの間にか私も着物を着てもらった鈴の腕輪と袖の中に望と同じマッチが入っている。仕事着、という奴だろうか。
『夢散る木』を睨むように見つめれば、頑張れ、と他人事に言わんばかりに愉快に枝を揺らしている。
「__ここに来れたらね。」
「大丈夫、来れるよ。鈴だから。」
ニコッと望は笑顔を浮かべ私に向けて言葉を発する。
「私、だから?」
「うん、鈴だから。じゃあね、また。」
望の言葉が合図のように意識がプツンと途切れる。

