合宿当日は、絵に描いたように文句のない晴天だった。
 港町の駅前で集合。俺も瑛太も大きめのリュックサック一つで来たが、他のメンバーで楽器を持っている人は大荷物だった。
 到着しているメンバーを見回してみると、その中に知らない女性が二人。蓮さんだけがまだだった。

「初めまして、颯太くんと瑛太くんだよね?」
「はい!」

 俺たちに話しかけてきたのは、黒髪を内巻きにした小柄な女性だった。

「わたし、佐伯美咲。拓真の同行者」
「つまり……彼女さんですよね?」
「ふふっ、そうだよ。音楽はできないけど、料理なら任せてね」
「よろしくお願いします」

 次に俺は、自分からもう一人の女性に話しかけに行った。亜里沙さんといたのは、黒髪でボブの柔らかい雰囲気の女性だ。

「あの、俺、一年生の堂島颯太と、弟の瑛太です」
「私は森本優花。亜里沙から聞いてると思うけど、高校の同級生だよ。よろしくね」
「はい!」

 拓真さんがスマホを見て言った。

「蓮は次の電車で来るみたいだな。ギリギリだ。みんな、島に着いたらスマホで連絡取れなくなるから、時間は守れよー!」

 蓮さんも合流し、俺たちはまず定食屋に行った。ここで腹ごしらえだ。海鮮丼が評判らしく、俺は大きな海老が乗ったものを頼んだ。そして、このメンバーの中で一気にアイドルになってしまったのは瑛太だった。亜里沙さんがあれこれ話を振っている。

「瑛太くん、まだ中二なのに背が高いね! そこはお兄ちゃんに似たのかな?」
「うちの父も高いので、そのせいかと」
「彼女はいる?」
「いませんよ。作る気もないです」

 優花さんが亜里沙さんの腕をつついた。

「もう、初対面の年上の女にあれこれ聞かれたら瑛太くんだってこわいでしょ」
「はーい。質問は二泊三日かけてゆっくりします!」

 拓真さんも瑛太に興味津々だ。

「カラオケとか行くのか? 颯太くんと声も似てるし、歌声聴いてみたいな!」
「いえ、歌は全然……」
「楽器は? ベースはいいぞ! スタジオに着いたら触らせてやるよ」
「じゃあ、お願いします」

 美咲さんはニコニコと微笑んでおり、蓮さんは黙々と食べている。そして、綾音ちゃんだ。運が巡ったのか、俺の正面に座っていた。ここから俺は話題を思い浮かべた。
 水着持ってきた? なんて論外だ。下心が
見え見えすぎる。
 テストどうだった? も違う。せっかくの夏休みに勉強の話題を出してどうする。
 キーボードのことは……ぶっちゃけよくわからない。背伸びはしない方がいい。
 ここは、目の前にある「食」をテーマでいこう。

「綾音ちゃん、これ美味しいね。新鮮でさ」
「そうだね! このボリュームは大満足だよ。わたし、魚好きなんだ」
「うん、俺も」
「颯太くんはお寿司は何から注文する派?」

 会話の主導権を握られてしまった。

「うーん、定番のマグロからかな」
「わたしはいきなりウニからいっちゃう! あと、回転寿司なら麺類もいいよね」

 そこで瑛太が話に加わってきた。

「兄は家族で回転寿司に行くと、全員分のお茶を作ってくれるんですよ」

 ナイスアシスト、瑛太。

「へぇ……! 颯太くんってしっかりしてると思ってたけど、家でもそうなんだね」
「はい、頼れる兄です」

 いいぞ、その調子。

「わたし、一人っ子だから、きょうだい憧れるなぁ。瑛太くんみたいな可愛い弟欲しかった」
「弟扱いしてくれて構いませんよ」
「じゃあキーボード教えてあげる!」

 もし綾音ちゃんと結婚できたら、瑛太は本当に綾音ちゃんの弟になるわけで……。二人が仲良くしてくれるならそれに越したことはない。そこまで発想が飛躍した。
 食後、船に乗る前に酔い止めを飲んでおいた。ここから一時間ほどかかるらしい。船着き場で、拓真さんがこんな話をしてくれた。

「今から行くのは清崎島(きよさきじま)。江戸時代は罪人の流刑地だったんだ。それをうちのOBの一家が買い取って、コテージとスタジオを建設した」

 美咲さんは少し表情を曇らせた。

「心霊現象とか起きないよね? 流刑地だったなんて聞いてない……」
「それは大丈夫だって。古い建物は全て取り壊されてる。慰霊碑を立ててお祓いみたいなこともしてるっぽい。おれは二回行ってるけど何もなかったしな」

 亜里沙さんが手を挙げた。

「島の規模としては小さいんですか?」
「そうだな。数時間あればぐるっと一周回れる。OBの関係者しか泊まりにこない穴場だよ。ビーチがめちゃくちゃ綺麗だぞー」

 船がきた。定期便はないので特別便だそうだ。しおりによると、三日後の昼前に同じ船が迎えに来る。それまでは、思いっきり無人島での生活を楽しめるというわけだ。
 船の中では自然と男女別に固まった。女性陣はすっかり打ち解けた様子だ。あの輪の中に入っていく勇気はない。拓真さんは蓮さんと機材についての話を始めたし、俺の相手をしてくれるのは瑛太だけだった。

「みんないい人たちだね。ボク、安心した。そうにぃが軽音サークルだなんていかにも陽キャの集まりに入ったからびっくりしたんだよ?」
「おい……それって俺が陰キャだってことか?」
「弟目線では。けど、ちょっとは馴染めてるんじゃない?」
「そうだといいけど」

 船の底からエンジン音が響き、海風は重たくて潮風の香りは濃い。俺は海の向こうを見つめながら決心した。この三日間での目標。俺は、綾音ちゃんともっと仲良くなる。