朝六時。高らかな鳥の鳴き声が外から聞こえてきた。昨夜惨劇があったとは思えないほど清々しい朝だ。空気もひんやりしていて心地良い。しかし、俺の心には不安ばかりが積もっていた。
レンジで温めるタイプのパックの米と缶詰が朝食だった。本当なら、二日目はほぼ自由時間で、ビーチやスタジオに行って楽しむはずだったのだが、俺たちはコテージから一歩も出られない。そして、ここにいる誰もが、娯楽を提案する気分でもなさそうだ。
「ねえ、もう一度スマホを探さない?」
そう言い始めたのは、綾音ちゃんだった。蓮さんが返した。
「今のオレたちにできることはそれくらいだからな。徹底的に探そう。一台でもあれば警察に連絡できる」
メンバーは、思い思いの場所に散っていった。俺は瑛太に手を引かれた。
「そうにぃ、今がチャンスだ。行こう」
「行くって……どこに?」
「スタジオ」
瑛太は靴箱の上にかけられた鍵を指さした。
「じゃあ、蓮さんに言わないと」
「ダメ。誰にも知られずに探そう。ほら、早く!」
「う、うん」
瑛太の勢いに押されて、俺は鍵を取り、コテージを出た。
スタジオまでの道で、俺は瑛太に尋ねた。
「どうしてスタジオ?」
「ボクも一晩中起きてたんだけど、ここまでの情報で、犯人の見当はついたんだ。でも、状況証拠しかない。確実な証拠が欲しい。あるとしたら、拓真さんがいたスタジオだよ」
鍵はすんなり開いた。外部犯のことを警戒し、俺だけが先に入って電気をつけた。中は昨日見た時とさほど変わっていない。奥にスチールラックがあり、ドラムセットがあり、マイクスタンドが立てられていた。人が隠れられそうな場所はない。俺は瑛太を入れた。瑛太が叫んだ。
「誰かに気付かれる前に、早く!」
「わかった!」
俺はまず、スチールラックをあさった。段ボール箱の中には、バンドスコアと呼ばれる楽譜をコピーした用紙がパンパンに詰まっていた。それから、何に使うのかよくわからないケーブル類。主にギターの人が使うエフェクターもあった。
瑛太は床に這いつくばり、何か落ちていないか探っていたが、目ぼしいものはなさそうだった。
「そうにぃ……あれは?」
瑛太が指したのは、壁に立てかけられた黒いケースだった。見覚えがある。拓真さんのベースだ。持ち主を失ったそれは、酷く寂しげにその存在を主張していた。
「俺が開ける」
中から出てきたのは、やはり拓真さんの赤いベースだった。それを完全に取り出してしまうと、ケースにまだ膨らみがあるのに気付いた。
「これは……」
俺はケースの中を探った。出てきたのは……スマホだ!
「瑛太! これで警察に連絡できる!」
「待ってそうにぃ。中を確かめよう。ロックかかってる?」
「えっと……かかってない」
「まず誰のものか、ハッキリさせよう」
スマホにインストールされていたアプリはごくわずかだった。その中のメッセージアプリを開いた。ずらりと並ぶトーク画面。一番上に、最も見たくはなかった履歴が表示されていた。
「嘘だろ……」
「うん……確定だね。これはおそらく、拓真さんの二台目のスマホ。ボクの予想も合ってた」
信じたくない。信じたくない。俺は履歴を辿っていった。けれど、スマホは残酷な真実を映し出すだけだった。
「そうにぃ、大丈夫?」
「ああ、なんとか。瑛太、これからどうするつもりだ?」
「この証拠を犯人に突きつける」
「……それは、俺がやる」
瑛太を矢面に立たせるわけにはいかない。これは、サークルメンバーである俺がすべきことだ。
「俺がみんなに話して、その後警察を呼ぶ。瑛太は黙っていてくれ。ただ、俺も整理できていないことがあるから、瑛太の推理を今聞かせてもらってもいいか?」
「うん、わかった。ボクが思う犯人の動きはね……」
瑛太の推理。揺るぎないスマホという証拠。間違いない。犯人はあの人だ。
「そうにぃ、本当にできる?」
「やってやる。ハーフノートは潰させない。この先に進むために、やるべきことをやる」
「わかった。ボク、見守ってるから」
コテージに戻ると、蓮さんの喝が飛んだ。
「二人ともどこに行ってたんだ! 勝手に外に出て! 危ないだろう!」
亜里沙さんにも叱られた。
「外に犯人がいたらどうするの? 襲われたのかもしれない、って……お姉さん気が気じゃなかったんだからね、バカ!」
「すみません。どうしても行くところがあって。そのおかげで全てがわかりました。外部犯ではありませんよ」
美咲さんが、蓮さんと亜里沙さんを押しのけて、俺の前に歩み出た。
「拓真を殺した犯人がわかったの!?」
「はい。今からそれをお話します。みなさん、リビングのソファに座ってください」
落ち着け、俺。表向きはクールに。心は熱く。マイクスタンドの前に立つ時のように。
皆がソファに座り、俺は一人だけ立ち上がり、ぐるりと見渡した。一様に怪訝な顔をしているメンバーたち。俺はまず、結論から話した。
「犯人は、綾音ちゃん。君だね」
レンジで温めるタイプのパックの米と缶詰が朝食だった。本当なら、二日目はほぼ自由時間で、ビーチやスタジオに行って楽しむはずだったのだが、俺たちはコテージから一歩も出られない。そして、ここにいる誰もが、娯楽を提案する気分でもなさそうだ。
「ねえ、もう一度スマホを探さない?」
そう言い始めたのは、綾音ちゃんだった。蓮さんが返した。
「今のオレたちにできることはそれくらいだからな。徹底的に探そう。一台でもあれば警察に連絡できる」
メンバーは、思い思いの場所に散っていった。俺は瑛太に手を引かれた。
「そうにぃ、今がチャンスだ。行こう」
「行くって……どこに?」
「スタジオ」
瑛太は靴箱の上にかけられた鍵を指さした。
「じゃあ、蓮さんに言わないと」
「ダメ。誰にも知られずに探そう。ほら、早く!」
「う、うん」
瑛太の勢いに押されて、俺は鍵を取り、コテージを出た。
スタジオまでの道で、俺は瑛太に尋ねた。
「どうしてスタジオ?」
「ボクも一晩中起きてたんだけど、ここまでの情報で、犯人の見当はついたんだ。でも、状況証拠しかない。確実な証拠が欲しい。あるとしたら、拓真さんがいたスタジオだよ」
鍵はすんなり開いた。外部犯のことを警戒し、俺だけが先に入って電気をつけた。中は昨日見た時とさほど変わっていない。奥にスチールラックがあり、ドラムセットがあり、マイクスタンドが立てられていた。人が隠れられそうな場所はない。俺は瑛太を入れた。瑛太が叫んだ。
「誰かに気付かれる前に、早く!」
「わかった!」
俺はまず、スチールラックをあさった。段ボール箱の中には、バンドスコアと呼ばれる楽譜をコピーした用紙がパンパンに詰まっていた。それから、何に使うのかよくわからないケーブル類。主にギターの人が使うエフェクターもあった。
瑛太は床に這いつくばり、何か落ちていないか探っていたが、目ぼしいものはなさそうだった。
「そうにぃ……あれは?」
瑛太が指したのは、壁に立てかけられた黒いケースだった。見覚えがある。拓真さんのベースだ。持ち主を失ったそれは、酷く寂しげにその存在を主張していた。
「俺が開ける」
中から出てきたのは、やはり拓真さんの赤いベースだった。それを完全に取り出してしまうと、ケースにまだ膨らみがあるのに気付いた。
「これは……」
俺はケースの中を探った。出てきたのは……スマホだ!
「瑛太! これで警察に連絡できる!」
「待ってそうにぃ。中を確かめよう。ロックかかってる?」
「えっと……かかってない」
「まず誰のものか、ハッキリさせよう」
スマホにインストールされていたアプリはごくわずかだった。その中のメッセージアプリを開いた。ずらりと並ぶトーク画面。一番上に、最も見たくはなかった履歴が表示されていた。
「嘘だろ……」
「うん……確定だね。これはおそらく、拓真さんの二台目のスマホ。ボクの予想も合ってた」
信じたくない。信じたくない。俺は履歴を辿っていった。けれど、スマホは残酷な真実を映し出すだけだった。
「そうにぃ、大丈夫?」
「ああ、なんとか。瑛太、これからどうするつもりだ?」
「この証拠を犯人に突きつける」
「……それは、俺がやる」
瑛太を矢面に立たせるわけにはいかない。これは、サークルメンバーである俺がすべきことだ。
「俺がみんなに話して、その後警察を呼ぶ。瑛太は黙っていてくれ。ただ、俺も整理できていないことがあるから、瑛太の推理を今聞かせてもらってもいいか?」
「うん、わかった。ボクが思う犯人の動きはね……」
瑛太の推理。揺るぎないスマホという証拠。間違いない。犯人はあの人だ。
「そうにぃ、本当にできる?」
「やってやる。ハーフノートは潰させない。この先に進むために、やるべきことをやる」
「わかった。ボク、見守ってるから」
コテージに戻ると、蓮さんの喝が飛んだ。
「二人ともどこに行ってたんだ! 勝手に外に出て! 危ないだろう!」
亜里沙さんにも叱られた。
「外に犯人がいたらどうするの? 襲われたのかもしれない、って……お姉さん気が気じゃなかったんだからね、バカ!」
「すみません。どうしても行くところがあって。そのおかげで全てがわかりました。外部犯ではありませんよ」
美咲さんが、蓮さんと亜里沙さんを押しのけて、俺の前に歩み出た。
「拓真を殺した犯人がわかったの!?」
「はい。今からそれをお話します。みなさん、リビングのソファに座ってください」
落ち着け、俺。表向きはクールに。心は熱く。マイクスタンドの前に立つ時のように。
皆がソファに座り、俺は一人だけ立ち上がり、ぐるりと見渡した。一様に怪訝な顔をしているメンバーたち。俺はまず、結論から話した。
「犯人は、綾音ちゃん。君だね」

