午前二時。綾音ちゃんと亜里沙さんの交代の時間だ。
 綾音ちゃんは亜里沙さんに紅茶を淹れ、毛布にくるまった。亜里沙さんは大きなあくびをした。

「ふぁ……短い時間だけどよく寝れたよ」
「それはよかったです。ずっとビーチにいらしたんですものね」
「そう。まさかこんなことになるなんてね……」

 二年生の亜里沙さんの方が、一年多く拓真さんのことを知っている。俺は問いかけた。

「拓真さんに恨みを持ってる人っていると思います?」
「そうだなぁ。心当たりはなくはない。ハーフノートには派閥があること、颯太くんは気付いてた?」
「いえ……全く」
「この合宿に声をかけられたのは全員、拓真さん側の人間だよ。颯太くんは知らなかったみたいだけど、拓真さんのお気に入りだった」
「そうなんですか……」

 亜里沙さんによると、サークル長の拓真さんは、ハーフノートの規模を拡大せず、このままの人数で運営しようと考えていたようだ。
 それに反対していた人物がいた。もっと活動を増やし、勧誘を積極的にして、音楽のレベルを上げるべきだと。
 俺が入学する前にその人物はサークルを去ったのだが、しこりは残っており、拓真さんを良く思っていない人も多いらしい。
 亜里沙さんは続けた。

「けど、その人が犯人っていう線は薄そうじゃない? この島までどうやって来たの? それに、わざわざ合宿中に殺す意味は?」
「そのことなんですけど……」

 瑛太の推理だ、ということは伏せ、サークルの崩壊を狙った人物の犯行ではないかと亜里沙さんに言ってみた。

「ああ、確かに。帰ったらあたしたち、警察の取り調べ受けて、夏休みどころじゃなくなるね。合宿に来なかったメンバーもどう思うか……」

 俺はハーフノートを潰したくない。大学でできた俺の居場所。音楽を通じて人と繋がった場所。
 三時になり、俺と蓮さんの交代の時間になったが、瑛太はこう言っていた。

「こわいのは、ボクとそうにぃ以外の全員が共犯だっていうことだよ」

 それは、考えたくない最悪の事態だった。けれど、兄として、俺は瑛太を守らなければならない。もし、俺と瑛太が寝てしまってから……それを回避するには、起きているしかない。

「蓮さん、交代です。といっても、俺、目が冴えちゃって。もう少し起きてます」
「ん……そうか。無理はするなよ」

 亜里沙さんは、ソファに座ってうとうとしかけていた。別に彼女が眠っても構わない。俺は蓮さんにサークルの派閥のことを尋ねた。

「そうだ。今回の合宿は拓真さん側の人間だけが集められている。オレはそういう派閥に取り込まれたくはなかったが……次のサークル長に、と拓真さんに推薦されていてな」
「そうだったんですか」
「秋の文化祭が終われば引き継ぎの予定だった。けど、こうなった以上、オレが早めにサークル長になるしかないな」

 犯人の動機がサークル崩壊である、ということについて蓮さんにも話してみた。

「なるほどな。実際、このメンバーはギスギスし始めている。犯人が捕まらないことにはわだかまりは解けないだろう。そして、犯人が内部犯だった場合……」
「マスコミがセンセーショナルに書き立てるでしょうね」
「大学側がどう判断するかだな。だが、オレは戦う。拓真さんの意志を継ぐ。ハーフノートは、オレにとって大事な場所なんだ」

 蓮さんも俺と同じことを思っていたことに勇気づけられた。
 四時。今度は亜里沙さんと優花さんが交代。優花さんとは、まだ個人的な話ができていない。なので、そこから始めた。

「優花さんは、亜里沙さんとは高校で知り合ったんですか?」
「そうだよ。三年間クラスが一緒だったんだ。今回の合宿に誘ってくれて、本当に嬉しかった。こんな事件になるなんてね……」

 あまり疑いたくはないが、優花さんと拓真さんの裏の繋がりの可能性もある。俺はこんな質問をしてみた。

「拓真さんの印象ってどうでした?」
「そうだね。いかにもリーダー! って感じの人だよね。それと……おっきいなぁって」
「ええ、集団の中でもよく目立ちますよ」
「そのことで気になったんだけどさ。普通、あんなに体格のいい拓真さんを襲おうと思う? 行きずりの犯行じゃないよ。犯人は明らかに拓真さん個人を狙った」
「そう考えるのが妥当ですね」

 優花さんも、色々と考えていたようだった。

「私は慰霊碑に拓真さんがいたのも気になる。他の場所で殺して運んだのか。慰霊碑が殺害現場だったのか。それも断定できないしね」

 蓮さんが言った。

「オレは慰霊碑で殺されたと思う。ほら、拓真さんの吸い殻があった。拓真さんは、何らかの目的であそこにいたんだよ」

 謎は深まる一方だ。犯人の目星はつきそうにない。優花さんは、眠る美咲さんをちらりと見て言った。

「美咲さんが心配。この中で一番傷付いてるのは美咲さんだと思う。だから、美咲さんのケアをしてあげなきゃ」

 蓮さんが頷いた。

「それならオレが適任だろうな。美咲さんにとって、唯一アリバイを信用できるのがオレだ。サークル長になる覚悟も固まったし、そこは任せてほしい」

 そして、長い夜が明けた。