この人が私に出来る事って何だろう?母の見守りをしながら、一緒に家事をしてくれる。
それ以外に、この人に期待出来る事って一体何なんだろう?

 どんなに望んでも、響は帰ってこないし、母は元の母には戻らないし、父も帰ってはこない。
何もできないなら心配なんてしないで欲しい。

 "だるいなぁ、、、"

 心の中で呟いた。こっちは必死に頑張っているのに、気まぐれの同情で水をささないでほしい。

 私はゆっくりと須田さんの手を離すと、にっこりと微笑んだ。

 「大丈夫ですよ。ありがとうございます。何とか二人で落ち着いてやっていけてるし、問題ないです。高校も近い所に決まったし、帰ってから家事をする時間もとれるし、良かったです」

響ならきっとこう答えるだろう。響は決して誰に対しても嫌な顔をせずに感謝をしていた。

 「それなら、、、いいんだけど」

「あっ、、、あと、母の前で"詩歌"と呼ぶのだけはやめてくださいね。母は私の事"響"だと思ってるんで、私もその方が楽なんですよ。よろしくお願いします」

 須田さんは、何か私に言いたそうにしていたが「わかった、、、」と一言呟いた。

 「じゃあ、私は母が心配するので戻りますね。また金曜日によろしくお願いします」

私はそう言って玄関の方へ戻った。
須田さんは自分の車に乗ってエンジンをつけた。
私は、家の後ろに見える海を眺めると黒に近い濃い青の海が大きく水飛沫をあげていた。まるで私の心を映しているように、どす黒く底が見えないような不安な色だった。

 「響、夕飯の支度終わったわよ。食べましょう」

母が少し虚な目で私に言った。母は病気になってから、目から光が消えてしまった。
主治医に言わせると、この病気独特の表情らしいが、まるで女優が年を取りたくなくて、整形手術を沢山して、顔の筋肉が動かなくなってしまったような、不自然な表情をしていた。

 私達は静かな食卓でニ人でご飯を食べた。
響がいた頃は、三人でもそれなりに楽しく、くだらない会話をしながらご飯を食べていた。
しかし、ぽっかりと空いた席のせいで、私達ニ人では昔のように盛り上がるのは難しかった。

 「響、高校では吹奏楽部に入るの?」

母がいきなりそんな事を聞いてくるので、私は少し驚いた。私は響が亡くなってからバスケ部は辞めてしまっていたし、部活はせずに真っ直ぐ帰っていた。

 「部活は入るつもりはないけど?どうしたの?急に、、、」

「お母さん、あなたのフルートが好きなのよ。聞きにいきたいわ。吹奏楽部に入りなさいよ」

そんな事を言われても、そんなつもりはなかった。私は楽器なんて弾けないし、大体部活なんてしたら帰りが遅くなって母の事が心配だった。
 前に、私が学校から帰るのが遅くなると、母が大量の薬を飲んで倒れていた。
その事がトラウマになっていて、それからはなるべく早く帰るようにしていた。