透明なトライアングル

 自分でも馬鹿だと思う。あれだけ母を心配して毎日毎日不安の中で生活をしていたのに、私は今日の夜、母に何も告げずにこの家から逃亡する。

 もちろん、本当に伊織とこのまま何処かへ行ってしまう気はなかったが、私はただ今のこの現状から一時的にでも解放されたら、それで良かった。

 私はリュックに荷物を詰めて、一人で夜になるのを待った。最初はこんな事をするつもりは全くなかった。母を心配させたり、不安にさせたりする事はしたくなかった。

 けれど、私の中の何かが切れてしまったのだ。これ以上は、私の心が何も受け入れたくないと拒否していた。多分、私と伊織がしようとしている事は間違いだろう。それはわかっていたが、私は間違いたかった。正解だけを追い求めて、別人になりすます人生を辞めたかった。

 私の部屋の時計のアラームが鳴った。

私はリュックを背負うと、携帯をポケットに入れて置き手紙を書いた。

 "伊織と出かけてきます。必ず戻るから心配しないで"

 絶対に心配する事はわかりきっていたが、一応念の為に書いておいた。母は夕飯を食べた後、睡眠導入剤を飲んでいたから、きっと私が出かける事にも気がつかずに眠ってしまうだろう。
 母は須田さんと病院へ行って、薬を変えてもらってからは、前の薬より効きが強く、すぐに眠くなってしまうと言っていた。

 それでも、私は最新の注意を払いながら
そーっと玄関の扉を開けて外へと出ていった。
静かに外から鍵をかけると、私はすぐに走りだした。外は真っ暗で、波の音と海の上にぽっかりと浮かぶ月だけが、私が逃亡する所を見ていた。

 胸が弾んでどきどきしていた。
私は緊張して不安だったが、それ以上に楽しみでもあった。こんなに悪い事をするのは、生まれて初めてかもしれない。
 いつもだったら、私が何か悪さをしようとしたら、響が私を止めていた。響は私のストッパーの役もこなしていたが、今はそんな響もいない。

 私は駆け足でコンクリートを蹴りながら早く伊織と合流したいと思っていた。伊織といれば何も怖くない。そんな気がしていた、、、。