透明なトライアングル

 「助けてやるよ!」

伊織の顔を見ると、私は鼻の奥が熱くなって涙が溢れてきた。
伊織は私の泣いている顔を見ながら「あっ!」と叫んだ。

 「俺、上履きのまんまじゃん!」

伊織の足元を見ると確かに上履きだった。
下駄箱でそのまま外に出てきてしまったようだった。

 「うわぁ〜最悪!まあ、いっか!」

伊織は、私の方を見て、何も言わない私にまた笑いかけた。

 「なんだよ、いつもみたいに馬鹿にしろよ!
、、、笑えよ!」
 
 そんな事を言ってくるので、私は余計に涙が溢れてきた。
 伊織は、また私の手を握って歩きだした。伊織は上履きのまま海岸の方まで歩いていって、海浜公園に着くと自動販売機で私にジュースを買ってくれた。

 私達はただベンチに座って、曇って濁っている海をニ人で無言で眺めていた。私は伊織とニ人で海を眺めていると、さっきまで何もわかなかった人間らしい感情が徐々に戻ってくるような気がしていた。

 伊織は何も話さずに、ただ海を見ていたが、その表情は凄く穏やかで優しかった。
私は、そんな伊織の顔を見ていると、不思議なくらいに安心した。

 ただ、悲しいくらいに海岸には私達だけしか居なかった。波は大きく打ち寄せて、また何処かへ帰っていった。その繰り返しをしばらく眺めていると、伊織が私に話しかけてきた。

 「なぁ、詩歌。前に言ってたじゃん?富士山が見たいって」

「うん。、、、言ったね」

「行こうぜ!今日」

 伊織が私に向かって笑いかけるが、何の冗談なのかよくわからなかった。

 「無理だよ。どうやって、、、?」

 今日の伊織は全ての行動が突発的過ぎてついていけなかった。冗談だか、本気だかわからない表情で伊織が私に言ってくる。

 「夜九時に、東京行きのバスが駅から出発するから、それに乗って行こうぜ。朝東京に着いたら、それから電車で山梨へ行こう」

「ちょっと待って?明日も学校あるよ?っていうか、今も授業中だけどさ。だいたい、親にはなんて言うの?心配性のうちの親が、いきなり山梨へ行くなんて了承するはずないじゃん?」

「あー、ハイハイ。ストップ!それ、いい子の響ちゃん出ちゃってるんじゃないの?俺は響じゃなくて、詩歌と富士山を見に行きたいんだけど」

えっ───、、、?

 詩歌、、、?

 「もう、俺の前では響は禁止。詩歌なら絶対に俺の計画に乗ってくれるはず。だってめちゃくちゃ楽しそうじゃん?いつも子供にばっかり心配と迷惑をかけてる親に反逆するの。たまにはいいだろ?俺達が子供になったって、、、」


胸の奥が熱くなった。伊織の言葉で、重かった私の足枷がなくなっていくような気がした。
何処へだっていけるような、そんな軽い気持ちになっていた。

 私は私を取り戻したい、、、強くそう思っていた。