響になりすますのは簡単だった。
だって、私はこの世界で一番響の事をよくわかっていたし、響ならこんな時にどんな風に考えて答えるか、全て手に取るように想像できた。

 母にとって必要なのは"響"であって"詩歌"ではない。その事実に胸が押し潰されそうなほどに苦しかったが、とにかく母を死なせてはいけない。その為には何でもするしかないと私は思っていた。

 「上にいるよ」私はそう答えると、階段を降りて下へ行った。
リビングの扉を開くと、母と週ニ回きてくれている、訪問介護のヘルパーの須田(すだ)さんがいた。母は鬱と診断されてから、働く事もできず、家事もままならなかったので、母子家庭と言う事もあり、間に行政が入って、生活支援目的でヘルパーさんがきてくれていた。
 須田さんは三十代くらいの綺麗なヘルパーさんで、掃除をしてくれたり料理を作ったりしてくれていた。

 「ありがとうございます」

私が須田さんにお礼を言うと、須田さんは私に向かって笑って言った。

 「詩歌ちゃん。今日は、肉じゃがとカレイの煮付けを作っておいたからね。あと、野菜類も適当にきって冷凍して置いたから、お味噌汁作る時にでも使ってね」

「はい、助かります。野菜切る手間が減るだけでもかなり楽になるので、、、」

 私と須田さんが話している間、母はキッチンで洗い物をしていた。

 「お母さん、須田さんのお見送りしてくる」

 母は洗い物から顔をあげて「わかったわ。須田さんありがとうございました」と声をかけた。
私と須田さんは玄関から外へ出ると、須田さんの車の前で話しをした。
 須田さんには母の様子を毎回報告していたので、母のいない外で話しをするのが日課になっていた。

 「お母さんだいぶ落ち着いているみたいだね?
今日は調理をスムーズに行えていたし、特に変わった様子はなかったけれど、普段はどう?」

 「はい。最近は薬も効いているのか、前みたいに激しく落ち込んだりハイになったりする事もなくて、だいぶよくはなっているみたいです」

須田さんは、私の話しを聞きながらメモを取っていた。多分、私の話しから記録を残さなきゃいけないのだろう。私は途中から、警察に尋問されている気分になっていく。
 須田さんはメモを取る手を止めると、真っ直ぐ私を見つめてきた。その瞳には心配?いや、同情の色がうかがえた。

 「詩歌ちゃん、四月から高校生よね?一足早いけどおめでとう」

「、、、ありがとうございます、、、」

私がちっとも嬉しくなさそうに答えると、須田さんがいきなり私の手を取ったので、身体がピクッとなった。須田さんの手は、外の寒さで冷えていたのか、とても冷たかった。

 「大丈夫?」

ダイジョウブ?

ダイジョウブって何だろう?

もしここで私が大丈夫じゃないって答えたら、この人はどうにかしてくれるのだろうか?