透明なトライアングル

 この話しは何回もしてきていた。その度に私は、吹奏楽部には入らないと話していたが、母の思いが強く、結局同じ話題が繰り返される。
 私は、正直うんざりしていた。

 私は響ではない、、、。音楽にも興味はないし、フルートなんて吹けないし、吹きたいとも思っていなかった。
 
 、、、本当はバスケがしたい。


 そう、母に言えたらどれくらいすっきりするだろうか。母にとって、詩歌という存在は一体なんだったんだろうか、、、。
 
 「聞いてる?響、あのフルートだって凄く高いやつをわざわざ買ったんじゃない?せっかくソロパートを任せてもらえるくらいに上手になったんだから、ね?続けてみなさいよ」

 響、響、、、私の頭の中で反響する。
頭がぐるぐるして、目が回りそうだった。
この先永遠に私は、母の前で響を演じ続けなければならないのだろうか。
 須田さんが前言っていたように、ヘルパーの訪問日数を増やしてくれていた。頑張れば、母の言う通り部活にだって入れるかもしれない。思いっきりまたバスケが出来る。

 現実的には、女子バスケの子達に嫌われているから無理かもしれないが、それでも私は、、、。


 「響?聞いてるの?ぼーっとして、どうしたの?」

 「うんん。何でもない。今から吹奏楽部に入れるか聞いてみるよ」

母の表情がいっきにぱっと明るくなった。
そんな母の顔を見て、私は必死に自分の手を握っていた。胃から軽くムカムカした物が逆流している気がした。

 "タスケテ、、、"

私は心の中で誰に言うでもなく呟いていた。

 母は、私が吹奏楽部に入ると言った事が余程嬉しかったのか、響の定期演奏会のDVDをテレビで何回も見ていた。
 響がテレビの中で、堂々とフルートのソロパートを吹いていた。
 そんな響を、母は誇らしげにうっとりしながら見つめていた。
響のような子が、自分の娘だとしたら、完全に完璧な傑作だとしか言いようがないかもしれない。
 もし、響じゃなくて私が事故で死んでいたら、母はこんなに現実を受け入れられないくらいに落ち込んだろうか?

 そんな事、考えたくもないがいつも考えてしまう。

 その晩、私は一睡も出来なかった。
明日学校に行って吹奏楽部に入る手続きをしなくてはいけないと思うと憂鬱だった。
 しかし、母のあのしつこさから、このまま入らずにいたらずっと言われそうだった。
 そして、母が夜中に起きて突然海に行ってしまったらと思うと、不安で眠る事ができなかった。