四月になって、外の雪はあっという間に綺麗に溶けて桜の蕾が大きくなって桜が咲き始める頃、高校の入学式が行われた。
通っていた中学からも近いこの高校は、三分の一が同じ中学の生徒だった。
 私が新しい制服を身に纏ってリビングへ行くと、母は珍しく嬉しそうに目を細めた。

 「あら、よく似合ってるわ。はやいわね、つい最近まで赤ちゃんだった気がするのに、よく似合ってるわ、響、、、」

響、、、母の中で詩歌はもう完全にいなくなってしまったのだろうか。
詩歌はいなくなっても母にとっては問題ないんだろうか。私は知らず知らずのうちに自分の手をぎゅっと強く握っていた。
そして"大丈夫、大丈夫"と心の中で唱えていた。
 母は病気だ。だから仕方ないと自分に言い聞かせる事しかできなかった。

 それでも、一時期に比べたら劇的に母の精神は落ちついていた。響が亡くなってから直ぐの頃は、一日中ベッドから起き上がる事もできずに、なんとか水分を取らせるだけでも大変だった。しかし、それすらも吐き出してしまうので、泣きながら電話をして、病院に事情を話すと、救急車で病院まで連れていってもらい、診察してもらった。

 あの頃の大変さを思えば、私が母の前で響になるのくらいはどうって事なかった。

 「じゃあ、お母さん行ってくるね」

私は母に笑いかけると家の扉を開けた。
直ぐに波の音が耳に入ってきて、強い風が吹いた。海から近いこの辺りは、いつも風が強かった。けれど、心なしか少し海の色が冬よりも薄いブルーになっている気がしていた。

 私は勢いよく自転車に跨ると、風に押されてペダルを勢いよく漕ぎ出した。
 
 (ああ〜こんなんじゃダメだ。すっかり詩歌が出てしまっている。響ならこんなに自転車のスピードを出さないだろう)

私はさっきよりもゆっくり、ペダルを漕ぐ事にした。問題児の詩歌はいない、、、。私は完璧に響にならなきゃいけないのだから、、、。
 そんな事を考えながら、私は高校の入学式へ向かった。

 高校の門を潜ると、同じ中学の見慣れた子もチラホラ見えた。そういえば、昔響が言っていた。

 『私、高校は海洋高校を受けようと思う』

『どうして?私はともかく、響は勉強できるからもっと上の高校目指せるでしょ?』

『いいの。家から近い事が重要じゃない?お母さんも心配しないし』

あの頃から響は常に母と私の事を考えていた。母に心配かけないように、家の手伝いが出来るように、それだけの理由でこの高校を受験しようとしていたのだ。
 今ではすっかり立場が入れ替わって、私が響の立場になっていた。