他愛ない会話を楽しんでいれば、予定の時刻ぴったりにバスがやってきたので一緒に乗車する。

 本当は人目を気にしてバスに乗ったら離れた席に座ろうと思っていたが、運が良かったのか、バスの乗客は中学生と足の悪いお爺さん、認知症気味のお婆さんだけで、噂の心配をする必要なく隣同士に座れた。

 正直に言えば、思いの外、私は九条碧海との会話が楽しくて終わるのが惜しかったのだ。


「千青の家って、商店街を抜けてちっさい神社あるとこの真裏だよね?」
「うん、一階が居酒屋で二階が住居なの」
「そうなんだ。もしかして自分でご飯作れる人?」
「なにその質問。まぁ、居酒屋の手伝いもするから多少は……。お弁当も自分で作ってるよ」


 恐る恐る窺うように訊いてきた彼の意図を読めないまま、多少腕に自信あることに対しての得意顔が表に出てしまい羞恥心が芽生える。

 冷房の効いたバスの中で、窓側に座り西日に照らされている彼にバレないように表情を作った。


「えー、いいな。僕も食べたい」
「1人分も2人分も変わらないからいいけど、嫌いなものある?」
「ピーマン? グリンピース?」
「ふ、なるほど。了解」
「あっ! 今の笑い方は馬鹿にしてるやつ!」


 子供扱いだ! と憤慨する彼が、なんだか本当におかしくて、バスの中で迷惑にならないよう必死に笑いを堪えながら、私は束の間の安閑を享受した。


「じゃあ、また明日。本持ってくるね」
「うん、またね。私は緑の野菜を抜いたお弁当作ってくるよ」
「千青いじわる!」


 最寄りの停留所、くだらない会話と明日の約束をして、手を振りながら別れる。バスを見送る時、寂寥のようなものが胸の内に広がったのは、気の所為だったと思いたい。


「……作ったお弁当、どうやって渡そうかな」


 徒歩3分も掛からない家までの道すがら、明日のお弁当のメニューを考える。暑さの元凶である太陽に文句を言うこともなく帰宅できたのは初めてだった。

 同級生の男子と久しぶりに長く会話したせいか、他でもない九条碧海相手だったからか、冷めない興奮で足元が雲のようにふわふわと覚束ない。

 入口の引き戸を開ける間に、軽く両手で頬を叩いて無理やり意識するくらいには何故か浮かれていた。