で、現在。

 次のバスが来るまでの間、屋根付きの停留所のベンチで意識朦朧とする彼の頭を膝枕しながら、私は冷たいハンカチを丸いおでこに当てていた。どうして?


「……」


 うん、どうしてこうなった?

 熱中症で倒れられても困るため面倒事を避けようと行動したのに、面倒な事態に陥っている。考える間もなく、あれよこれよと膝枕する展開に持っていった彼の手腕は凄かった。

 ただ、純粋に褒められる点は、これ一点だけだ。

 この閉鎖的で娯楽が少なく噂好きなものが多い島で目立つことをすれば、あっという間に広がる。この光景を誰かに見られれば、明日にでも【号外:野外で不埒にも膝枕】みたいな事になるだろう。

 特に、私のような恋愛の〝れ〟の字もない、掠りもしない女子と、容姿端麗な佳人だが不思議な性格と家庭環境故に遠巻きにされてる彼、碧海くんのネタなんて面白可笑しく吹聴されてしまうに決まってる。そうなると面倒で厄介で最悪だ。

 私は、私の保身のために、膝枕を終わりにしたい。


「碧海くん。スクールバッグにタオルハンカチ乗せるから、それ枕にしてくれない?」
「……僕の頭重くて、足痺れた?」
「いや、まだ痺れてはないけど、人目があるから退いてほしい」
「誰もいないよ」
「……そうじゃなくて、今はいなくても人が来たら見られるから、」


 どれだけ説明しても、彼の縹色の純粋無垢な瞳は理解してないように思える。

 碧海くんの絹のように白い肌がほんのりと赤みを帯び、潤んだように見える縹色の瞳が私を無邪気に見上げていた。外国の血が混じった彼の、魅力的な俗離れした顔立ちを間近で眺めるのは心臓に悪い。

 小説などに描かれてる麗しい人間を想像する時、私は大抵いつも碧海くんの容姿を思い浮かべてしまうのだけれど、きっとこの人以上に美しい生き物を見た事がないから、基軸にしてしまうのかもしれない。

 幼子のように、私の膝に頭を乗せながら楽しげに嬉しげに口角を上げる彼を見て、私は膝から下ろすことを諦めた。


「ふふ、諦めが早いね。柏木(かしわぎ)千青ちゃん」
「苗字もちゃん付けもいらない」
「千青? って、呼んでいいの?」
「お好きにどうぞ」


 淡々と言葉を返す裏側で、私は「(……名前覚えてくれていたんだ)」と誰のことも気に留めなそうな彼の意外な一面に驚く。

 優しい響きで「千青」と繰り返す碧海くんに、なんとも言えない感情が口の中に広がった。