澄んだ空気と青い海だけが取り柄の廃れた小さな島は、〝青島(あおじま)〟と呼ばれている。人口が千人にも満たない閉鎖的で閑散とした退屈なところだ。

 島の面積は約9㎢あり、東は港町、西は断崖絶壁で人が殆ど居ない。電車が通っていないため交通手段が車やバス、徒歩での移動に限られる不便な土地。島から出るための船も一週間に一度。

 これといった特産品も観光地もなく、刺激を求める若者が島から出て減る一方、高齢者は右肩上がりで増えていく。どんどんと過疎化していく青島は、固定観念に塗れた偏狭な考えの人たちに押し潰される未来だろう。


 ああ、ほんと、なんて窮屈だ。







────「千青、数Bの課題やった?」


 後ろから2番目の窓際の席。お昼休みまで残り一時間。

 雲ひとつない蒼天を頬杖をついて眺めていると、私と同じ夏用のセーラー服に身を包んだ友人が両手をパチンと合わせて、いつもの如く課題を写させて欲しいと頼み込んできた。


「……ん」
「わあーん、いつもありがとう千青!」


 このやり取り、何度目だろう。中学どころか小学生の時から続いている気がする。数えるだけ無駄か。

 過疎化の進む青島には、当然のように小中高の学校は1つしかなく、選択肢が存在しない。「何組?」なんて会話も当たり前にない。何故なら1クラス20人以下のクラスメイトしかいないから。


「……ねむ」


 夜更かししたせいで重い瞼を、手の甲で擦る。

 私の課題を横で必死に写す友人、教室の中央で屯しながら卑猥談を繰り広げるアホな男子、恋バナに花を咲かせる乙女な女子、地味で静かな一部の生徒。

 そして、有象無象の中で咲き誇る佳人。

 ────九条(くじょう) 碧海(あおみ)


「(まさに、窓際の花一輪)」


 窓際の、一番前の席。

 揺れるカーテンの隙間から覗くのは、この青町で最も美しく、誰にも染まることのない縹色の彼。焼けたことのなさそうな雪の肌、チョコレートのような色合いの艶やかな髪、文庫本を捲る細くて、けれど少し角張った指先。

 それから、


「……信じ難い、ブルー」


 空よりも、海よりも、この世の何よりも綺麗で澄んでいる縹色の瞳。

 真っ黒に濁った私とは、大違いの色。


「え、なに? 千青なんか言った?」
「なんでもないよ」


 彼が、ほんの少し顔をずらして空を見上げる。

 目の保養になるはずの横顔と、縹色の瞳が見えてしまわないように、私はそっと顔を伏せて溜め息を吐き出した。