裁かれない罪が、この世には存在する。
明確な殺意を持った上での突発的な殺人だったにも関わらず、事故だと慰められてる私がそうだ。あの男に懺悔するつもりはなく、清々しい気持ちと憂鬱な気分が交互にやってくる。頭はぐちゃぐちゃだ。
「千青、ごめんなさい……、私のせいで本当にごめんなさい……っ」
弱々しい声で泣かれて心臓が締め付けられた。
母は自分のせいだと泣いて謝ってきて、私は喉に言葉を詰まらせながらも、何度も自分が勝手にやったと否定した。絶対にお母さんのせいじゃないのに。
自身を正当化してる私には、これが1番堪えた。
葬式やら49日やらで慌ただしく日が過ぎて、私の罪を母同様に隠蔽してくれた九条碧海とまともに会話できたのは事故から数ヶ月後のこと。
部屋に残る私物の処分やら諸々の手続きやら、母に全てを任せるわけにもいかず。かといってお店を長期間休む訳にもいかない。常連の客は気遣ってくれて手伝いを申し出ることもあったが、2人でどうにかすると断ったところに、彼がやってきたのだ。
自分は時間を持て余していて、身内も誰もいないから手伝わせてくれと。
母は私と彼を交互に見つめた後、安堵した表情に申し訳なさげな声を滲ませて「いいの?」と彼に問いかけた。力強く頷いた彼は「傍にいさせてほしい」と言い切る。
罪深き私は、九条碧海から向けられる途方もない愛に、愚かながらもその時はじめて気づいたのだった。
「千青が罪深いなら、僕も同罪だよ」
「一緒に罪を背負うし、一緒に罪を捨てよう」
「君が善人じゃなくてもいいよ、僕も悪人だから」
縹色の瞳は、どこまでも澄んでいる。
紡がれる愛の言葉は月並みなんかじゃない。致死量の猛毒が直接体内に注がれるような、徐々に蝕むようなものだ。
────季節は巡り、時は流れていく。
未来を己の手で閉ざした私は、彼の愛に気付き、当たり前のように享受し、身体を這い回る罪と重さを自覚して、あと一歩を拒んだ。
彼の愛に触れてしまうのが、恐ろしかった。
この期に及んで、言い訳になる言葉や理由を探す私は、本当に愚かで罪深い。
10年が過ぎた頃、母が肺炎を拗らせて入院した。
頑張って手を尽くしたけれど、疲れ切っていた母は穏やかな顔で眠るように息を引き取った。
「……おやすみ、お母さん」
何よりも、誰よりも守りたかった母は、もうどこにもいない。
どんな時でも傍にいてくれる九条碧海の隣で、私は虚無感と悲哀に襲われながら、母を火葬して遺骨を海に撒き、残された物を眺めてお店を閉めた。
母の死は覚悟していた。それでも、耐え難い絶望に苛まれて、黙ったまま支えてくれ彼の傍で、涙が枯れるまで泣き続けた。
九条碧海の腕の中で、子供のように眠る。
