人を殺めた興奮なのか、思考が纏まらない私は数分意味不明なことを口走っていたようだ。九条碧海に宥められて平静を取り戻した時には、頭がすっきり冴えていた。
伸び切った木々に囲まれた祠のある場所で、私たちは見つめ合う。
いつから彼が見ていたのか、いつの間にか近くに寄ってきていたのか。何が恐ろしいかって、私は彼の気配に全く気づかなかったのだ。
「千青があの男に近づいて話し始めたから怪我するかもしれないって思って、駆け寄ったら、……いやそんなことはどうでもいいな」
「……」
「よく聞いて、千青。目撃者は僕だけだ。君が名乗りを上げなければ酔っ払って落ちた事故だと思われる。だから千青は今からここら辺を走り回って、父親を探していたことにして。第一発見者は僕で、酔っ払った男が落ちたと証言するから。────いいね?」
「あお、み……、」
掠れた声は、ほとんど音になっていない。
呆然としてる私を前に、内緒話でもしてるかのように悪戯じみた表情で口元に人差し指を立てた九条碧海は悠然と微笑む。
「君と僕だけの秘密だよ」
さぁ、行って。背中を押される。
彼の言われた通り、私は港町を走り回った。住民にどうしたのかと訊かれたら不安げな顔で「父が帰って来なくて」と答える。罪悪感はなかった。
その内、彼が警察に通報して事態が発覚したのか、走り回って汗をかいてる私を住民が神妙な顔つきで家まで送ると言い、気遣う様子で何度も「落ち着いてね大丈夫よ」と同じ言葉を繰り返した。
そして、程なくしてやってきた警察から、間違った真実が伝えられる。酔った父が堤防で踏み違えて足を滑らせたのか、テトラポットの石に頭を打ち付けて死亡したと。目撃者もいるから間違いないと。
母に告げた警察官は、遺体の確認の為にも同行を申し出て、母も唖然とした顔で承諾した。時間の進みが異様に早かった。
「……千青、ごめんね」
冷たくなった私の頬を、泣きそうな顔で母が撫でる。
私が苦しんだのは、父を殺した瞬間でも、九条碧海に目撃されたことでもない。まさに、たった今、母に謝られて頬を撫でられた、この時だった。
あの父親を私が心配で走り回るはずもない、母は事の真実について気づいたのだろう。
父親を殺したことを、悪いとも間違ってるとも思わなかった私が、母の悲壮な表情を見て犯した罪を自覚する。
闇に沈められた真実は、あるかもしれなかった未来を暗くした。
