────「千青、この島を出たいなら出ていいのよ」


 母と2人、1階の調理スペースで並んで今日の夜の仕込みをしていた時、突然その言葉をぶつけられた。

 心臓のど真ん中を貫くような言葉に、鼓動が怯えて早くなる。私は「島を出たい」と母の前で口にしたことは一度だってない。母が島を出るつもりがないと察してからは、当然のように本音を噤んだ。

 なのに、どうして出てもいいなんて言うの?


「……急に、なんで? 私は進学を選んでないし、高校を卒業したらこのお店を手伝うつもりだよ。もしも島の外に出ることになっても、それはお母さんと一緒だから。他に選択肢なんてないから」


 必死に伝えた言葉が、酷く震えていた。

 動揺を悟られずになんて無理で、私のことをよく知る母に嘘は通用しない。手際よく魚を捌く母の手元を見つめて、私は唇を噛み締めた。


「優しい子だから、私の側にずっといてくれようとしてるんでしょう? わかってるのよ。私だって、あなたが何よりも大事だから手放したくなんてないの。でも島を出たいなら出るべきなのよ」
「……手放したくないなら、なんで、そんなこと言うの」


 矛盾してると思った。

 していなくても、手放したくないと母が本音を零した時点で、私は自分より母が大切だから、その気持ちを尊重したかった。そんな私の気持ちを母が汲み取れないわけもないのに、どうして……。

 無駄なく、そつなく、華麗に魚に切れ込みを入れて皮を取る母は顔色を一切変えずに言葉を続ける。容赦のないそれが、私を抉った。


「はやく出ないと、出れなくなるからよ。私のように雁字搦めになっちゃだめ。あなたには未来があって楽に生きる道を選べる。苦しい人生を歩んで欲しくないと願うのは、親として当然でしょう」
「……っ、でも、」
「選択肢は、まだ無数にあるわ。決めるのはあなただから、私の言葉も頭の隅に入れて流してくれてもいいの。ただ、母は娘に幸せになって欲しいだけよ」


 ぽたり、言葉の代わりに涙が零れ落ちる。

 母からの無償の愛が優しくて苦しくて、止まらない涙を困った顔で拭う母に、「もう少し考える」と返すのが精一杯だった。

 私の前で憂う顔を一度だってしたことがない。辛さをおくびにも出さない強い母の本音。







 あんな形で踏み躙ってしまうなんて、この時は想像もしていなかった。