私の姿も本音も、無条件で受け入れてくれる九条碧海の懐はどうなっているんだろう。眼前に広がる海よりも深いのではないか。果てしなく続く空よりも広いのではないか。
こんな自分は、他の誰にも見せられないのに。
「あああ、さむ! 先に僕が凍えて死ぬ! 千青ぎゅっとさせて! 暖とる!」
「……マフラー返すけど」
「それはだめ! 千青が死ぬから!」
私よりも背が高い九条碧海の腕の中に、すっぽりと収まる。彼は黒のダウンジャケット、私は水色のボアコート着てるため、ハグしても密着感はさほどない。
何度も行ったり来たりを繰り返す波が、穏やかな時間の中でBGMとして流れる。この寒い日に海岸で抱き合ってる男女は、傍から見たらどんな印象を与えるんだろう。
私と彼の関係は、きっと普通じゃない。
恋愛かと言われたら首を横に振る。けれど、ただの友人かと問われたら、またそれも違う気がする。私の心の奥底に根を張ってる。特別な人。
「碧海くんは知ってる? この島から去年駆け落ちした女の人2人。井戸端会議してたおばちゃんが女同士なのにおかしいって言ってて、私はそっちの方が理解できなかった」
「知ってる。でも誰を好きでも別にいいよね。今彼女たちが幸せに過ごせてたらいいなって、僕は思ってるよ」
「うん、私もそうだったらいいなって思ってる。安息できる地がどこかにあるはずだから」
九条碧海は、私の思う正しさを具現化した存在だ。
いつだって欲しい言葉を、求めていた言葉を、考えていた言葉を、迷うことなく口にする。透き通った縹色の瞳が私の心に住んでいる。何もかも見透かして弱った心が頼る安息地になってくれる。
私が甘えて、本音を零す時は、いつも彼の隣だ。
「本当はさ、こんな島から出たい。時代錯誤も甚だしい人たちから解放されたいし、あのクソ野郎の顔も見たくない。未来のない島で死にたくない。広い知らない世界で過ごしてみたいの」
「うん、知ってる」
「でもね、お母さんを置いていくのは無理なの。何よりも大切だから、絶対に嫌なの。お母さんと離れるくらいなら、この島で惨めに死ぬって決めてる。未来がなくても諦めがつく。……そう、毎日言い聞かせて眠る。おかしいかな」
「おかしくはないよ。千青の大切なものを否定しないし、無視もしたくないからね。僕はずっと傍で見守るよ」
彼の優しさは、尽きることがない。
肌を劈くような凍てつく風に指先が悴む。私たちは温め合うように手を重ねて繋ぎ、いつの間にか指先が絡んでることにも気づかずに何かを諦め合った。
