──時は巡り、地獄の夏が過ぎ去った。食の秋も終わりを迎え、もうすぐ銀世界の冬が到来する。

 あれから私と彼の仲は順調に、同じ時を共有する度に、深く親しくなっていった。彼の読む本を借りて感想を伝える。考察し合う。夏はラムネの瓶や青のビー玉、プールの水色が好きだと言い合った。

 秋は美味しい食材が沢山ある。母からレシピを教えてもらい、2人分作ってることを揶揄われて否定することも出来ずに顔を赤くした。

 お互いのセンシティブな家庭環境も必死に隠す真似はしなくなり、愚痴を零す日さえも合った。私たちは高校3年生で進路に決定する時期でもあったが、この青島から出る予定がないと彼に言われた日は酷く安心したのを覚えている。

 宝物のような日々を過ごすことが出来た。

 私は、きっと、青色に輝く彼との時間を忘れることはないだろう。






「千青、風邪引くよ。僕のマフラー巻いて」
「そんなに寒くないよ」
「嘘つかないで。潮風冷たいでしょ」


 北風に髪を攫われ、潮の匂いで鼻がつんとする。それなりに純度の高い青い海と茶色の砂浜が、私たちの視界に広がっていた。

 後ろから追いかけてくる過保護な九条碧海は、マフラーを私の首にくるくると器用に巻く。鼻先を埋めるといい匂いがした。歩く度に靴の中に入り込む砂の粒たちは、彼に与えられるそれと似てる。

 気付かないうちに、入り込んで溜まっていく。


「自転車でこっちの海岸まで来るなんて、帰りは僕が漕ぐからね」
「来る時もほとんど碧海くんが漕いだじゃん」
「千青の後ろに乗ってると自転車がふらふらして怖いんだよ。千青の脚力じゃ僕を後ろに乗せて漕ぐのは無理だから諦めて」
「やだ」
「やだじゃない!」


 今、私たちがいる海岸は北西部に位置していて、夏は人がいるけど冬は蕭々としている辺陬な場所。自転車を1時間も漕いでやってきたわけだけど、周りには何もなく、誰もいない。

 人に聞かせられない愚痴を零すには最適な所だ。


「あのクソ野郎、ただでさえ仕事してないくせに他の女にうつつ抜かしてキモイメールしてんの! 鳥肌立つわ死ねー!」
「おわ、今日も絶好調だね」
「起きて朝イチで毎回足の小指強打しろ! 魚食べる度に喉に骨刺され! なんらかの拍子で天に召されてしまえ! 死ねボケー!!」


 大海原に向かって吼える。

 溜まった鬱憤は、最近ではこうやって海に叫ぶことで解消しているのだ。そして、寒くてくっついてくる九条碧海を付き添い人に選んで行っている。巻き込んでごめん。