お弁当を綺麗に完食してくれた九条碧海は「ご馳走様でした」と丁寧に両手を合わせて伝えてくれる。恥ずかしくてぶっきらぼうに「御粗末様でした」と返した私は大変意気地無しだった。
それからお昼休みが終わるまで、昨日のあの時間と同じように歓談した。「オススメの本を持ってきたから帰りに渡すね、一緒に帰ろう」と自然に約束を取りつける彼の手腕は本当に見事だ。
私の心の内側に入り込んで、信頼を容易く得る彼だが、押し付けや横暴は一切ない。これも天賦の才脳なのだろうか。羨ましいと同時に怖かった。
「……ん? 千青、太もも怪我してる?」
「え、怪我? いや……」
「痣になってない? ぶつけた? 転んだ?」
隣に座る彼の言葉に、思い当たる節があった心臓が嫌な音を立ててびくりと跳ねる。暑さのせいじゃない冷や汗が背中に流れた。
心配そうな彼の眼差しを騙したくはないが、クソ野郎の父親に投げられて、その時何かにぶつかった拍子に痣ができた、なんてバカ正直に答えたくはない。
誤魔化して逃げることしか思いつかず、私は縹色の瞳と目を合わずに「人のスカートの中見ないで」と彼を悪者にして、虚勢のバリアを作った。
「……もし痛くなったら、隠さずに教えてね。千青は僕のこと運べないだろうけど、僕は千青のこと抱えられるから」
「別に、大丈夫」
「大丈夫な内はいいよ。無理になったら、僕だけにきちんと伝えて」
柔らかな陽だまりのような表情だけど、真剣な声が鼓膜を揺らす。
まともに会話したのは、昨日が初めてのはずだ。いくら距離が縮まったとはいえ、どうして気にかけてくれるのだろう。私にそんな価値はないし、納得できる理由が探しても見当たらない。
どうして、と縋るような言葉ばかりが心に積もる。
「不服そうな顔だね。千青は理由がほしいの?」
「納得させてほしい」
「うーん、友達だからじゃ納得しない?」
「昨日なったばかりの、だよ」
「……そっかぁ」
困らせたいわけじゃない。
困らせたくはないのに、私より透明度の高い瞳が瞬いて考え込む姿を見ると期待してしまう。自分を特別だと思える言葉を、他人から与えられたかった。
嫌だな、今の私は醜悪じみてる。
段々と俯く顔を上げられずに予鈴がなっても身体が動かず、漠然と危機感を感じた。真夏だというのに、指先の体温がごっそりとなくなる。
────寒い、と思った瞬間。
「僕も千青も、青色が好き」
両手で顔を掬われ、縹色に囚われた。
どくどくと血液が循環し始め、指先に熱が戻る。彼の言葉は的を得ていた。私は青色が好きだった。名前にもあるし、彼の瞳の色も好きで、母が作った猫のぬいぐるみも青色だった。
だから、こんなのは、狡い。
「好きな色が同じ、今はこれでいいんじゃないかな」
すとん、と脳みそに落っこちてきた言葉。
正常な頭が、彼の言葉を納得する。底に沈んだ黒い心臓を引き上げられて、私は嘘のない笑みが溢れた。
